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パスタマシーンの幽霊 [著]川上弘美 

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年06月06日

[ジャンル]文芸

表紙画像


■ほのかに明るくて切ない恋愛短編

 汁をこしらえるので、いりこをざっくりとほぐす。裂くというより、粗くほぐす感じ。鈍く光る銀色の「く」の字のなかに肉や小骨がみしっと詰まって、とてもいいだしがでる。七尾めに手をかけたとき、指の腹にびりっと震えが走った。中骨が棘(とげ)になって埋もれたらしかった。針の先ほどの違和感なのに痛みがじくじくと火照り、しだいに熱が広がった。
 その半月前の指の腹の熱が、恋愛をめぐる二十二の短編を読み継ぐうち、ふたたび皮膚の奥にあらわれた。ぜんぜん脈絡がない。ではどうして。わたしは本を閉じて思いをめぐらせることになった。
 けれども、ふたつの関係はうまく掴(つか)まらない。はっきりさせようとすると、気配を消しておぼろになる。半分あきらめて、ふたたび本を開いて読む。すると、さらに不穏になる。感情の襞(ひだ)、つまり熱や昂(たか)ぶり、傷やかさぶたに息が吹きかけられ、起こされてしまうのだ。
 いずれの短編にも、恋愛の揺らぎが幾重にもたくしこまれ、易しくみえながら手ごわい。たとえば、墓地の横手に住む陶芸家、潮入さんの小屋を「わたし」は夜初めて訪れる。
 「夜の潮入さんは、昼の潮入さんよりも、乱雑な感じがした。わたしのにぎったおむすびは、夜の潮入さんには似合わなかった」
 洗いをかけた文章のなかに、感情の位相がみごとに描かれてぞくりとする。ひとの感情、それも恋愛をめぐる感情は、みずから取り仕切ることができないくせに、おそろしいほどありありと自分を覗(のぞ)きこませるときがある。川上弘美の小説は、そのさまを露(あら)わにする。身におぼえがある者は動転して、苦い場所へ連れだされるのだ。だからいりこの棘の痛みなんか思いだしてしまう。あのときだいじなひとのことを想(おも)って、汁をこしらえていたから。
 短編ひとつひとつ、海の底にひとり立って仄(ほの)かに明るい天井を見上げるようなせつなさがある。いや、仄かに明るいから、よけいにしいんとさみしくなるのだろうか。
 評・平松洋子(エッセイスト)
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 マガジンハウス・1470円/かわかみ・ひろみ 58年生まれ。作家。『センセイの鞄(かばん)』『真鶴』など。

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