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仕事漂流ー就職氷河期世代の「働き方」 [著]稲泉連

[評者]四ノ原恒憲(朝日新聞記者)

[掲載]2010年05月30日

[ジャンル]社会

表紙画像

■常に不安だから走り続ける若者

 社会へのとば口に立つ子を持つ親の一人として、リーマン・ショック以来、若者の就職事情の厳しさは、身に染みて感じてきた。
 今の時代、正社員として安定した職を得ることすら難しい若者がたくさんいることについてのリポートは多々ある。ただ、近年、一般的には非常に恵まれたと見える条件で就職しながら、すぐ転職する若者が多いともいう。何が不満で、と言いたくもなるが、実態に深く迫るものは、あまり多くない。本書は、丹念なインタビューと取材で、その欠落を埋めると共に、背景にある社会の大きな変化をも、あぶり出してくれる。
 登場するのは、8人の若者だ。就職したのは、全員、バブル崩壊のあと、「就職氷河期」といわれた1990年代中頃から、2000年代前半にかけての時期。東大、早稲田、慶応といったいわゆる「良い大学」から、経済産業省、都市銀行、大手総合商社、外資系コンサルタントなどへ「良い就職」をなしとげた。
 そして、数年後、全員、退社し、転職している。多くの場合、別の業種。収入が増えた場合もあるが、大きく減ったケースも多い。
 転職の動機は当然様々だ。でも、どこか共通するのは、華やかに見える広告業界への単なる「あこがれ」や、「海外で働きたい」など漠然とした当初の志望動機と、現実の職場とのギャップによる失望ではある。でも、二十歳すぎの若者に、確たる就職観を持て、というのも無理な話だ。かなり上の世代なら、ある年数、下積みに耐えれば、社内で好きな仕事もやれるようになるのに、なんで我慢が出来ないか、と嘆くかもしれない。
 でも、我慢できない。彼ら、彼女らの「性格」の問題ではない。終身雇用制を軸とした戦後の高度成長とその残滓(ざんし)がまだあった時代とは、仕事や企業をめぐる価値観が、大きく変わりつつあるからだ。
 著者の取材に答えた言葉のいくつかを拾ってみる。世の中全体が膨らんでいた時は、働く個人が現状維持でも総体として自分も一緒に膨らんでいけた。でも、今の右肩下がりの時代の中で、現状維持では「時代と一緒に落ちていってしまう」。
 社内の先輩を見ると、かつて安定と豊かさが保証されていた「将来」が「何ていうか、——虚像みたいに目に映った」。だからこんな時代、常に不安を紛らわすため、チャンスを求め「走り続けざるを得ない」。
 読後感は、何やら息苦しい。行間から立ち上がる登場人物や、8人と同世代という本書の著者の息づかいも、同様だ。彼、彼女らの、自分探しにも似た、切迫した前のめりの生き方は、どこか独りよがりでもある。今の若い者は、甘いと言いたい人もいるだろう。
 でも、この国の将来像や経済状態に明るさも見えない中、彼らが皮膚で感じている危機感は、年齢や就職問題を超えて多くの人々が今や共有するものだろう。簡単に突き放せる他人事(ひとごと)では、ない。
 〈評〉四ノ原恒憲(本社編集委員)
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 プレジデント社・1680円/いないずみ・れん 79年生まれ。「僕が学校を辞めると言った日」で文芸春秋読者賞。『僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由』など。05年に『ぼくもいくさに征(ゆ)くのだけれど 竹内浩三の詩と死』で大宅賞。

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