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密約ー日米地位協定と米兵犯罪 [著]吉田敏浩

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2010年05月30日

[ジャンル]政治 社会 国際

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■矛盾や政治力学に正面から挑む

 本書の最終ページを閉じたあとにすぐに浮かぶ語がある。「密室・隠蔽(いんぺい)の戦後史」、そして果たして日本は真の独立国なのかとのつぶやきが洩(も)れる。
 この数年、密約といえば60年安保時、72年沖縄返還時の核持ちこみなどの4点を指すのだが、著者はそのほかにも日米間には重大な密約があるという。「日米地位協定に関する密約群」だと指摘し、この「群」の解剖を進めているのが本書である。日本に駐留する米軍の米兵犯罪が、「日本にとって著しく重要と考えられる事件以外は第一次裁判権を行使しない」との密約は、1953年の日米行政協定(現地位協定)第一七条改定交渉にあたった吉田内閣以来続いてきたといい、そのからくりを国民に提示したいというのが著者の姿勢だ。外務省・法務省が、その密約をどのように隠し続けたか、とくに「法務省秘密実務資料」(米軍関係者の刑事事件を特別扱いするとの一連の資料)についての記述には改めて驚かされる。いちど国会図書館で閲覧され続けていたのに、2008年に突然閲覧禁止になったという。著者はその経緯や、この資料を始め、日本側の解説文書はアメリカ側文書とは異なり、巧みに文章をつなぎあわせていると明かす。
 「著しく重要と考えられる事件以外」は第一次裁判権の行使、不行使を、一定期間に通告しなければ、事実上裁判権は放棄したことになる。そのために本書で具体的に示される交通事故、殺人、レイプなどの被害者たちはこの密約のゆえにいかに不当な立場に置かれて悔し涙を流しているかがわかってくる。
 米兵犯罪に対して米軍はきわめて甘い判決しか下さない。軍法会議にかけられる例も少なく、大半は「裁きを逃れていた」。しかも日本の司法当局はその事実について正確につかもうとはしない。軍事優先が隠れ蓑(みの)になっている。
 本書は条約の矛盾や密約の政治力学などに正面から挑んでいる分、生硬な表現が目立つ。しかしその一字一字が私たちの時代の歴史感覚を問うていると思えば必読の書というべきである。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 毎日新聞社・1785円/よしだ・としひろ 57年生まれ。ジャーナリスト。『森の回廊』で96年に大宅賞。

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