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テロと殉教ー「文明の衝突」をこえて [著]ジル・ケペル

[評者]奥泉光(作家)

[掲載]2010年05月23日

[ジャンル]政治 社会 国際

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■災厄をもたらした、二つの大きな物語

 私たちはさまざまな〈物語〉で世界を解釈しつつ日々を生きている。何かしらの〈物語〉が紡がれることなしに、私たちは自分の生きる世界について知りえない。それは個人や家族の小さな〈物語〉から、国家や民族の〈物語〉までを含む。ある程度の大きさを持った〈物語〉が共有されることは、社会の統合にとって必須であるが、一方で、ときに出現する〈大きな物語〉が、人々をまるごとのみ込んで、厄災をもたらしもしてきた。日本の歴史に即せば、二十世紀半ばの戦争はそのような経験であったといえるだろう。
 イスラム研究者であるフランス人によって書かれた本書は、「9・11テロ」以降、世界史の舞台に登場した二つの〈大きな物語〉をとりあげ論じる。表題である「テロ」と「殉教」がそれである。
 息子ブッシュの政権に代表される新保守主義陣営が打ち出し、タリバーン政権下のアフガニスタンへの介入から、イラクのフセイン独裁体制打倒に至る軍事行動となって具体化した正義の「対テロ戦争」。アメリカ国内にとどまらず世界の多くの陣営をのみ込んだこの〈物語〉に最初の一章がさかれる。それは失敗の記録である。「対テロ戦争」がむしろテロを拡散させ、穏健なイスラム大衆を過激なジハードへ傾斜させるという、最悪の結果を生んだ、〈大きな物語〉の破綻(はたん)と厄災の様相が、ここでは整理よく述べられる。
 続く二章と三章では、アルカイダをはじめとするイスラム過激派が主導し、自爆テロの形で具体化される「殉教」の〈物語〉が俎上(そじょう)にあげられる。イスラム世界の歴史や地勢に広く眼(め)を配りつつ、捉(とら)えにくい地下組織の動向を著者は丹念に追う。その結果、過激派の動きを軸にしながら、むしろイスラム世界の多様性や、さまざまな対立の構図が立体的に浮かび上がることになった。
 過激なジハード主義者たちは、ネット社会の特性を利用し、ウェブを通じて「殉教」の〈物語〉の種を蒔(ま)き、そこここで育成する戦略をとりつつあると著者はいう。しかし一方で、多様な〈物語〉を元来備えるイスラム世界が、そうやすやすと単一の〈大きな物語〉にのみ込まれてはいかないはずだとの観測も述べる。そして第四章と終章では、〈大きな物語〉の覇権ではなく、無数の〈小さな物語〉がせめぎ合い混じり合うなかから、異質な人々が共に生きる世界は作られるべきであり、それしか選択肢はないのだと主張する。その実践の場として、イスラム社会と長く関(かか)わってきたヨーロッパの役割を強調するとともに、異文化の自律性を尊重するとしながら、結果的に異文化間の交流を否定する多文化主義への批判を展開する。
 目立たない〈小さな物語〉をすくいあげる一方で、〈大きな物語〉を支える悪(あ)しき文学性を批判するのが文学である以上、文学の果たすべき役割は小さくないはずだと、小説家である評者は、明快な論述に一々頷(うなず)かされながら、密(ひそ)かに考えた。
 〈評〉奥泉光(作家・近畿大学教授)
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 丸岡高弘訳、産業図書・3360円/Gilles Kepel 55年生まれ。パリ政治学院教授でフランスを代表する現代アラブ研究者。邦訳に『宗教の復讐(ふくしゅう)』『ジハードとフィトナ』『ジハード』がある。

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