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祭りの季節 [著]池内紀 

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年05月23日

[ジャンル]文芸 社会

表紙画像

■ひたひたと近づく郷愁の足音

 ドイツ文学者、池内紀の十数年におよぶ長い旅、祭りめぐりの足跡がここにある。
 北海道木古内の「寒中みそぎ」から長崎玉之浦の「大宝砂打ち」まで、なつかしい三十六の祭礼。北に、南に、こんな祭りがあるのか。伝承行事の綿密な記録に驚くとともに、資料を携え、はるばるたどり着いた土地に佇(たたず)む著者のすがたが浮かび上がる。
 「ちょうど私は五十五歳を迎える前で、三十年の教師生活にケリをつけ、べつの生き方を心に決めていた」
 祭りの季節を追う。それは、個を生きようとする人生の表明であり、ひとりの日本人として、消えかける地縁社会、根枯れ寸前の伝承文化を手がかりに日本を考察する契機でもあった。
 昭和二十年代、夏祭りの夜。羽織はかま、顔におしろい、唇に紅、額に黒いチョボ、つかのま池内少年は武者に変身した。祭りが終われば煌々(こうこう)と明るい境内から一転、暗闇のなかランニングシャツで家路につく——雪洞(ぼんぼり)のように灯(とも)る著者の記憶が、日本人の心の深層に棲(す)む幻影を誘いだす。各地の祭りのにぎわいの彼方(かなた)からひたひたと郷愁の足音が近づき、胸が疼(うず)く。
 平松洋子(エッセイスト)
    *
 みすず書房・3360円

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