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オーディンの鴉 [著]福田和代

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2010年05月16日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ネット監視の恐怖描くミステリー

インターネット上の書店やオークションを利用していると、商品を奨(すす)められるようになる。現実世界の「いらっしゃい、いらっしゃい、旬の野菜がお買い得だよ」という不特定多数への呼び掛けとは違う。ネット上のそれはピンポイントで私に向けられた「あなたへのお奨め」なのだ。そのように提示された商品が的外れだと、「駄目だなあ、ずれてるよ」と思いつつ、どこかほっとしている自分に気づく。
 だが、買い物やオークションを続けるうちに、お奨めの精度は上がってくる。まさに欲しかった本や自分でも存在に気づかなかった大好物を示されると、どきっとする。便利で有り難い半面、不安になるのだ。生身の友人や家族だってこんな真似(まね)はできない。ネット上のどこかに、もう一人の私が保存されているような不気味さを感じる。
 『オーディンの鴉』に描かれているのは、この不安を何百倍にも拡大した恐怖だ。パソコンや携帯電話のメール履歴、インターネットの閲覧履歴、ネットショッピングの登録内容、クレジットカードの利用履歴、公共交通機関のICカードの使用履歴、駅やコンビニやマンションの防犯カメラなど、日常に遍在する様々な電子ツールから吸い上げられた個人データが、もしも徹底的に悪用されたら、その人はどうなってしまうのか。
 その答えがここにある。鳥肌が立つような迫力。内容の凄(すご)さに加えて、これは現実にあり得る、という体感が怖さを増幅する。「もう一人の私」に追い詰められる主人公の検事に感情移入して読み進むうちに、自分という人間の存在もまたデータの海のなかに溶け出しそうに思えてくる。
 「私」とは無数のデータの集まりに過ぎなかったのか。そもそも遺伝子だってデータの一種なんだから……、などと負の連想がどんどん加速してゆく。
 手で触れられる生身の意味って、何なんだろう。最後の最後までデータ化されずに残るものは一体何か。そんな読み手側の求める気持ちが、作中人物の魂を生々しく浮かび上がらせる。
 評・穂村弘(歌人)
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 朝日新聞出版・1785円/ふくだ・かずよ 67年生まれ。作家。『TOKYO BLACKOUT』など。

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