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団地の女学生 [著]伏見憲明

[評者]石川直樹(写真家・作家)

[掲載]2010年05月16日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■語り得ない過去を抱え生きる人々

 本書には、表題作である短編「団地の女学生」と中編「爪(つめ)を噛(か)む女」という二つの小説が収録されており、どちらも都市のベッドタウンにあるうらぶれた団地が舞台になっている。団地は、一軒家のような個性があるわけでもなく、かといって高級マンションのように無機質でもないし、若者や学生の暮らすアパートとも異なる佇(たたず)まいをもっている。外部の人間にはうかがい知れないマンモス団地の内奥だが、伏見が描くとそこがアジール(=聖域、自由領域)的な雰囲気を醸し出すから不思議だ。
 主要な登場人物は、派遣ヘルパー、落ち目の歌手、ゲイの売れない作曲家、84歳になる老女など、もうすぐ不惑を迎えようとする中年男女と他人の手助けを必要とする独居老人たちである。それぞれは赤の他人でありながら、同じ団地内に長期間暮らしていることによって緩やかな繋(つな)がりが生まれ、そのつかず離れずの距離感が、語り得ない過去を抱えて生きる人間の内面を浮かび上がらせる鍵になっている。
 「爪を噛む女」は、団地に住む老人のホームヘルパーをしている美弥が、中学時代の同級生で歌手として大成功した都と20年ぶりに出会うところからはじまる。有名になった元同級生と接するなかで、美弥は嫉妬(しっと)や羨望(せんぼう)の入り交じった複雑な感情を煮えたぎらせる。最初から最後まで彼女のダークサイドがこれでもかというくらい詳(つまび)らかに描かれるのだが、読後は暗い気持ちになるどころか清々(すがすが)しささえ漂う。それは、人間のいやらしい部分を直球で描きながら、根底にジェンダーやセクシュアリティーの問題に長年関(かか)わってきた伏見ならではの、ユーモアと愛情と肯定があるからだろう。
 「人間の一生というのは、語りえないものの中にこそ、その人の生きた本当がある」と呟(つぶや)く美弥は、友人や介助する老人に対して心の中で激しく毒づきつつ、人と触れあうなかで気づかぬうちに自分自身を見つめてもいた。辛辣(しんらつ)なのに温かい。ぼくはその人間らしさに惹(ひ)かれてしまうのだ。
 評・石川直樹(写真家・作家)
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 集英社・1260円/ふしみ・のりあき 63年生まれ。作家。『魔女の息子』『欲望問題』など。

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