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天国旅行 [著]三浦しをん 

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年05月09日

[ジャンル]文芸

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■生への希望、ほのかに「心中」の影

 読みはじめてすぐ、一枚のCDみたいな短編集だなと思った。ジャケットはフィンランド随一のイラストレーター、ハーパニエミの幻想的で毒のある作品。タイトル「天国旅行」は2004年に解散したロックバンド、ザ・イエロー・モンキーの曲。ミュージシャンは三浦しをん。
 テーマは「心中」である。行き着いた先の天国は居心地がいいのか、怖いのか。まずはどきどきさせてくれるアルバム、いや新刊なのだった。
 七篇(へん)ひとつずつ、テーマを変奏させながら自在につないでゆく。富士の樹海をさまよう男。純愛を貫いた相手へ宛(あ)てる遺言。妻子を持つ男との前世を信じてのめりこむ女。屋上に立って群衆を眼下にしながら、死を駆け引きの道具にして手を握りあうふたりの女子高生……ボーイズ・ラブやトリッキーな要素もあちこちに仕掛けられている。
 ロマンティックに泣かせたりしない。心中そのものに情念をほとばしらせたり、カタルシスをもとめたりもしない。むしろ熱や甘さを嫌うかのように、つねにどの物語も、それまでの、またはこれからの生の時間へ向けられている。
「もうやめちゃいたいよなほんとにとつぶやきながら根岸は理紗の下半身だけ脱がせ、腰を動かす。(中略)のしかかる男の影は夜に似た黒さで理紗の視界を覆いつくす」(「君は夜」)
 かんたんに死なせはしない物語だから、いずれも勁(つよ)いしなりがそなわっている。心理のうちがわに執拗(しつよう)に侵入し、一篇ずつ文体まで変えながら人物像を描きだすさまが、とても三浦しをん的だ。言葉を追ううち、物語のなかにきゅうっと軟禁される心地をあたえてくる。
 近松「曽根崎心中」の道行文にこんな凄絶(せいぜつ)なくだりがある。
「あれ数ふれば 暁の七つの時が六つ鳴りて 残る一つが今生の 鐘の響きの聞き納め」
 しかし、「天国旅行」はちがう。「残る一つ」七篇めは、一家心中ののち生き残った男が明日の光をさぐる物語。「心中」をテーマに終盤まで鳴らしつづけるのは、生への希望と執着の旋律なのだった。
 評・平松洋子(エッセイスト)
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 新潮社・1470円/みうら・しをん 作家。『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞。『秘密の花園』など。

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