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ブギウギ [著]坂東眞砂子

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2010年05月09日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■痛快ミステリー、実に面白い!

 実に面白い。時代は敗戦前夜から戦後。舞台は、鄙(ひな)びた箱根の温泉宿から東京へと飛び、登場人物も異色だ。Uボートの乗組員や、生体実験などで「死の天使」と恐れられたヨーゼフ・メンゲレを彷彿(ほうふつ)とさせるような人物、さらにアメリカの情報将校など、一癖も二癖もある男たちが入り乱れる。主人公はドイツ留学の経験のある心理学者の法城と、Uボートの乗組員たちが収容されている箱根の旅館「大黒屋」の女中リツだ。
 ネッツバント艦長率いるUボートは、アルゼンチンに向かう途中に立ち寄った東京湾でアメリカ軍の攻撃で沈没した。ネッツバントは、第三帝国復興のカギを握る最新秘密兵器の設計図を写したマイクロフィルムをアルゼンチンのナチの残党たちに届ける密命を帯びていたのだ。しかし箱根で水死体となって発見される。自殺か他殺か。他殺なら誰が、どんな理由で。事件の謎を追う法城は敗戦と占領の底知れない「夜と霧」の中を彷徨(さまよ)い、敗戦国の、そして戦勝国の暗部を垣間見ることになる。
 歴史からほとんど消されたような敗戦前夜の日本在住のドイツ人たちの動静に新たなスポットが当てられ、虚実ない交ぜになった戦後史のもう一つの「始まり」が浮かび上がってくる。それを体現するリツこそ、この物語の真の主人公である。「リツ、ビューティフル」と囁(ささや)くネッツバントの部下パウルとの情交は、リツにとって初めて味わう愛のさざ波だった。後にその関係がリツを事件に巻き込むことになるのだが、そうとは知らないリツは、ジャズの軽快な音楽に惹(ひ)かれるように東京へ出て行く。生き延びていくリツの生命力の、何と旺盛なことか。
 やがてリツの身にも危険が迫る。リツを追う法城。手に汗握るスリルの連続だ。そして事件の真相が暴かれ、法城は、不運にもアメリカの影のもとで生きざるをえなくなる。だがリツは違う。戦争なんて、敗戦なんて糞(くそ)食らえ。古い女を忘れて新しい女に生まれ変わるべく、したたかに生きていく。「カモン・ブギウギ」。リツの歌声と同様、ミステリーのオチは痛快だ。
 評・姜尚中(東京大学教授・政治思想史)
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 角川書店・2205円/ばんどう・まさこ 58年、高知県生まれ。97年『山妣(やまはは)』で直木賞。『血と聖』ほか。

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