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思い出袋 [著]鶴見俊輔 

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2010年05月02日

[ジャンル]文芸 人文 新書

表紙画像

■エネルギーが満ちる言葉の数々

 本書は、岩波書店のPR誌「図書」に7年にわたって連載された、1回分は原稿用紙にして3枚足らずのエッセーをまとめたものだ。
 著者の鶴見俊輔は、日本を代表する思想家、哲学者であり、ベ平連の活動家としても知られている。しかし本書は、そのような著者の硬質なイメージからはほど遠い「普通人の哲学」に満ちている。
 まずなによりも名文だ。論理的であるがゆえに、その内容がいささかの抵抗もなく心に浸透していく。文章を読むことの心地よさをこれほど味わえることはめったにない。
 私は、サラリーマンを長く務めてきた。その間、たくさんの稟議(りんぎ)書を書いてきたが、本書は絶対に参考になる。最初の1行にテーマが打ち出され、それに対して著者の考えが具体的事例を伴って演繹(えんえき)的に展開される。最後に結論としての考えと、課題が提示される。著者は10代の多感な時期をアメリカで暮らしたためにこのような論理的明晰(めいせき)さを身につけたのだろうが、本書に倣って稟議書を作成すれば難しい案件も容易に承認されるだろう。
 俗っぽい実益的な読み方を提案してしまったが、本書の眼目はなんといっても「疾風に勁草(けいそう)を知る」の例えのごとく生きる強さだ。どのエッセーからも泉のように生命力があふれ出て来る。人生に疲れた人は、読むごとに本書を机上に伏せ、目を閉じ、著者の言葉を心で反芻(はんすう)してみるとよい。沸々とエネルギーが満ちるのを感じるだろう。どの言葉も人生への真摯(しんし)なアフォリズム(箴言〈しんげん〉)となっている。
 戦前、友人と日米戦争は起きるかと議論する「途中点」と題する一文の中に「日本の国について、その困ったところをはっきり見る。そのことをはっきり書いてゆく。日本の国だからすべてよいという考え方をとらない。しかし、日本と日本人を自分の所属とすることを続ける」という言葉がある。国家と個人との関係を思考し続けてきた著者からこのように言われると、物書きとして生きる私としては姿勢を正さざるを得ない。
 評・江上剛(作家)
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 岩波新書・798円/つるみ・しゅんすけ 22年生まれ。『戦時期日本の精神史』『戦後日本の大衆文化史』など。

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