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マリー・キュリーの挑戦ー科学・ジェンダー・戦争 [著]川島慶子

[評者]辻篤子(本社論説委員)

[掲載]2010年05月02日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■偉人伝飛び出した女性科学者像

 キュリー夫人といえば、苦労しながら研究に打ち込み、ノーベル賞を2回受賞した完璧(かんぺき)な優等生というイメージを多くの人が持っているに違いない。
 科学史家である著者が、単なる偉人伝を超えて、キュリー夫人ではない、マリー・キュリーという一人の人間が持つさまざまな側面を、彼女が生きた19〜20世紀の時代の中でとらえ直そうとしたのが本書である。
 「その人は、女だった。他国の支配を受ける国に生まれた。貧しかった。美しかった」。マリーの次女でジャーナリストのエーヴ・キュリーは、第一級の資料とされる「キュリー夫人伝」の冒頭で、母マリーの人生を決定づけた四つの要素を鮮やかに示している。
 本書の特徴は、似た境遇にあって同じ情熱を持ちながら全く異なった人生をたどった周囲の人々を通して、マリーとその時代をより立体的に浮かび上がらせようとすることにもある。
 たとえば、アインシュタインから「ドイツのキュリー夫人」と呼ばれるほどの業績を上げながら、リーゼ・マイトナーはノーベル賞を逸した。男性研究者の補助的な役割にすぎないとみなされてしまったようだ。
 マリーの元で最初に学んだ日本人で、その才能を高く評価されながら31歳の若さで亡くなった山田延男、マリーの娘夫婦の研究室に留学し、70歳で亡くなるまでパリで研究を続けた湯浅年子らについても詳細に語られる。私たち日本人との距離を縮めてくれるだろう。
 一方で、生身の人間としての苦悩も正面から論じられる。フランス人として遇されつつ、既婚の年下科学者との恋愛は外国人として非難された。女性ゆえ、フランス科学アカデミーの会員には選ばれなかった。女性会員の登場は20世紀後半、1979年のことだ。
 科学と国家、科学者と国籍、女性と科学、女性と社会、そして時代の制約の中で生きるということ……。今の時代につながる問題を考える手がかりを与えてくれる好著である。
 科学が人間的な営みであることも改めて教えてくれる。
 評・辻篤子(本社論説委員)
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 トランスビュー・1890円/かわしま・けいこ 59年生まれ。名古屋工業大学准教授(18世紀仏科学史)。

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