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現代中国女工哀史 [著]レスリー・T・チャン

[評者]酒井順子(エッセイスト)

[掲載]2010年04月25日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝 国際

表紙画像

■したたかに個人の幸福追求する姿

 世界の工場と言われる、中国。膨大な数の労働者の多くは、地方の農村から工業地帯へと出稼ぎに来ている若者たちです。その7割が女性と言われており、中国系のアメリカ人女性である著者は、広東省の東莞(トンクアン)という街に出稼ぎに来ている若い女性たちの生活を通して、現代中国の姿を見ていきます。
 彼女たちの生活は、刹那(せつな)的で、上昇志向と個人主義がとことん強いものです。90年代の出稼ぎ労働者は、田舎に残してきた家族のために働いていたのに対して、今の労働者たちが働くのは、自分のため。偽の身分証明書や卒業証書、賄賂(わいろ)、売春……といったものがうごめく街で迷走しながらも、彼女たちはしたたかに個人の幸福を追求していくのであって、その姿はかつての日本の女工哀史とは、一味も二味も異なります。
 そこに重なっていくのは、著者の一族の物語なのでした。彼女の祖父は、16歳の時に故郷の村を出て、北京の大学からアメリカへと渡った人。故郷を出ることを「出去(チューチュイ)」というのだそうですが、著者は中国において「回家(ホイチア)」、すなわち自らの先祖の故郷である旧満州を訪れます。
 中国へと戻った後、台湾へ逃げた父たち。中国に残り、文化大革命に巻き込まれた親戚(しんせき)たち。それらの歴史をたどることによって、現代の出稼ぎ労働者と同様に、自らの家族の歴史もまた、祖父の「出去」によって始まったことを著者は知るのでした。
 時にアメリカ的な視線で見ることによって、中国に対する違和感を持ちながらも、中国の強い引力から逃れることはできない著者。この「出去」の力と「回家」の力、そして社会の底辺の人々までもがそれぞれ抱く強力な上昇欲求こそが、中国という国を下から動かす原動力なのでしょう。
 かつては家に縛りつけられていた女性が外に出て、一人一人が個人としての幸福を貪欲(どんよく)に求めている今、その力はさらに強大なものとなっているはずであり、上昇を諦(あきら)めがちな国に住む者としては、思わず彼我の姿を見比べてしまうのでした。
 評・酒井順子(エッセイスト)
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 栗原泉訳、白水社・2940円/Leslie T. Chang 米国在住のフリーのジャーナリスト。

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