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インターネット新世代 [著]村井純/ネットの炎上力 [著]蜷川真夫

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2010年04月25日

[ジャンル]IT・コンピューター 社会 新書

表紙画像

■使いこなすために経験の蓄積を

 インターネットに関する総論(村井書)と各論(蜷川書)を読み進むうちになんどか「疎外」という語を思いだした。F・パッペンハイムの『近代人の疎外』(一九五九)にある「われわれは技術が勝ち人間が負けるようになった事態の犠牲者」という一節が浮かんだりしたのだ。
 四十年の歴史を持つインターネットは今や人類史全体の変革を促している。村井書はその変革の内実や現在から未来の人類が向き合う現実を手際よくわかりやすく説明している。それゆえ読者はページを閉じて考えこむことにもなる。「インターネットの光と影」との言い方があるが、光は「ネットによってもたらされた楽しい世界や明るい未来」と讃(たた)え、影は「ネットで起こる犯罪や悪事」という。が、著者はそれはインターネットそのものの否定につながってはいけないと説く。新しい機械文明を支える論理である。とにかくどのように使いこなすかが、私たちの役割になるのだろうが、たとえばデジタル技術は日々急速に変化するのだから安全基準を作り、安心できる環境を作りうるのかが実はこの時代に生きているわれわれが次代の者に試されているということだろう。
 著者はそのために「人と社会が経験を蓄積すること」の必要性をくり返し訴えている。
 アナログからデジタルへ、情報の本質は国際性と同時性で地球全体に広まる。ネットメディアが国際社会での外交戦略に影響を与えるだけでなく、文化、芸術などもこれからは変化を余儀なくされるとの指摘は重い。
 蜷川書はインターネットでのニュース発信の実情を自ら起こした企業(J—CASTニュース)の歩みを踏まえながらの報告である。「コピペサイト」とか「Jカス」などと揶揄(やゆ)されるが、「私たちはジャーナリズム宣言なんてしていない」とも反論する。三十年余の新聞記者体験から見たネットジャーナリズムは、新しい価値観のもとで動いているとの宣言のように思えて頼もしく響く。
 二十世紀ばりの「疎外」とか「犠牲者」などと気取っていてはいけないと、私は両書を閉じて自らを激励したのである。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 『インターネット新世代』岩波新書・798円/むらい・じゅん▽『ネットの炎上力』文春新書・798円/にながわ・まさお

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