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裁判百年史ものがたり [著]夏樹静子 

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2010年04月18日

[ジャンル]歴史 社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■12の事件通し描く、人が人を裁く歴史

 裁判員制度が始まって、もうすぐ1年がたつ。足利事件が再審請求から無罪判決を勝ち取ったというニュースも耳に新しい。もう「裁判なんか一生ご縁がない」などという世の中ではない。誰だっていつ裁判員になるかもしれないし、被告人や被害者になることがあるかもしれないのだ。裁判についての関心は、これからおのずと高まってゆくだろう。
 著者は長らく良質のミステリーを生み出し、早くから女性弁護士や検事を主人公にした法廷小説も書き続けている。裁判の前段階である捜査だけではなく、法廷場面を前面に打ち出した長編小説『量刑』は映像化されて話題となった。本書は、日本の近代における100年余りの裁判の歴史を12の事件で語ったノンフィクションである。
 綿密な取材と資料調査に裏打ちされた審理の内容は素人にはやや堅く感じられるが、さすが小説家。冒頭にその事件のあらましが物語ふうに描かれていて、読みやすい工夫がされている。それも、著者の小説を読んでいるような、てらいやけれん味のない文章で、である。
 取りあげられた事件は、高等学校の日本史で知る人の多い「ロシア皇太子暗殺未遂事件」「大逆事件」をはじめ、「帝銀事件」や「永山則夫事件」といった昭和を代表する殺人事件、そして、近年、当時の裁判官吉田久の判決原本が発見された「翼賛選挙無効事件」に及ぶ。巻末には著者と元最高裁判所長官である島田仁郎氏との対談が収録されており、各事件の読みどころと著者が本書でめざしたものが語られているので、こちらに目を通してから本文を読むと理解しやすい。
 著者は「事件としての話題性よりも、裁判として、判決として意義があるかどうか」を基準に事件を選んだと述べている。ドラマ仕立ての部分にどこか誠実さが感じられるのはそのためだろう。後に「下山事件」として知られる国鉄総裁轢断(れきだん)事件と同様に労働争議から起こったと疑われた「松川事件」や、性的虐待を受け続けた女性が実父を殺害した「尊属殺人事件」などはいくらでもドラマチックに書けるだろうが、いずれも「人を裁くこと」という大きな問題の前で淡々と描かれるのがかえって印象を深めている。
 法曹界の外から事件を見たときの小さな気づきが各所で指摘されるのも、なるほどと思わせる。戦前行われた陪審員制度では30歳以上の男性納税者しか陪審員になれなかったとか、長期にわたる裁判の場合は裁判官の世代交代が判決に影響するとか、犯罪被害者は裁判では「蚊帳の外」で裁判資料も見られない、など、知るとますます興味がわく。裁判の入門書として、歴史のドラマとして、得難い本である。
 なお、今回私は「チャタレイ裁判事件」の項で、削除された「猥褻(わいせつ)」な個所を改めてじっくり読んだが、読者のみなさんは検察側の証人でしょうか、それとも弁護側の証人でしょうか? ぜひうかがいたいものです。
 〈評〉田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
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 文芸春秋・1995円/なつき・しずこ 38年生まれ。作家。『Wの悲劇』『弁護士・朝吹里矢子』など映像化された作品も多い。ほかに、裁判員裁判の法廷を描いた『てのひらのメモ』など。2006年に日本ミステリー文学大賞。

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