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ナニカアル [著]桐野夏生

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2010年04月18日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■林芙美子と戦時下の個人の戦い

 「私は根っからの詩人だ。詠嘆調の美文を見ると、虫酸(むしず)が走るのをどうにもできない」「嘘吐(うそつ)き、嘘吐き、と言霊(ことだま)が私を痛め付け……」そうつぶやく林芙美子の熱い息を首筋に感じるような小説なのだ、これは。桐野夏生は近年、実在の人物や史実をモデルにしたり、私小説を入れ子状に取り入れたりしながら、『グロテスク』『残虐記』『IN』のような虚実を意識的に攪乱(かくらん)させる佳作を書いてきた。『ナニカアル』はそれらの要素を融合させた迫真の擬評伝である。
 本作は評伝小説というスタイルにもう一捻(ひね)り加え、林芙美子自身が内密に書いた実録小説という体裁をとる。画家であった夫・緑敏の死後、絵画の裏に隠されていた文書を、後妻が見つけるという設定だ。その中に、芙美子が陸軍報道部嘱託として参加した昭和17、18年の南方視察の仔細(しさい)と、出生不明の養子の謎が明かされることになる。
 しかしこれは「戦争と侵略の時代を背景に、芙美子の生き方や記者との倫(みち)ならぬ情交を描く」といった私小説ではない。むしろ林芙美子という強烈なキャンバスを媒体に、戦争と戦争下にある無数の個人の戦いを描いたものなのだ。「非常時」という事態が人々から尊敬と信頼を奪う。人は抑圧しあい、虐げあい、疑いあい、妬(ねた)みあい、「国家という名の、実体のわからないもの」が一人一人の人間の姿となって、互いに毒しあう。芙美子は、貧しい育ちを蔑(さげす)む傲慢(ごうまん)や、軍による表現規制や、耐えがたく醜悪なセンスや、年下の男への烈(はげ)しい焦心と戦う。読者は「真っ黒な南洋の夜の塊」の中へ放りだされたかになる。
 凄(すさ)まじい修羅場がある。戦争にずたずたにされた男の言葉は、鋭い刃、残虐な兵器となって女作家の体に突き刺さり、「刃は、体内を引っ掻(か)き回した挙(あ)げ句(く)、灰色の腸を引きずり出して、床にぶちまける」というのだ。これが血みどろの戦場でなくてなんだろう。
 本書は、桐野夏生の書き換えた林芙美子物語であると同時に、林芙美子に書き換えられた桐野夏生という現代作家の肖像でもあるに違いない。
 評・鴻巣友季子(翻訳家)
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 新潮社・1785円/きりの・なつお 51年生まれ。『柔らかな頬(ほほ)』で直木賞、『東京島』で谷崎賞など。

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