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散歩の昆虫記 [著]奥本大三郎

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2010年04月18日

[ジャンル]文芸 科学・生物

表紙画像

■人間と虫、分けて考えたらアカン

 市井のド真ん中で天下国家を論じるのもええけど、奥本はんに同行して足元の草葉の陰で生存に命をかけている別の生命体の生活を覗(のぞ)いてみまへんか。
 奥本はんは人間の好き嫌いは前世の因縁で誕生と同時に決まっておると認識してはる。虫が好きなのも、そーゆう理由や。わしも同じで、少年時代の生活の場は野山と田畑と小川と池やった。そこでトンボを捕って羽を千切ったり蛙(かえる)の尻から空気を入れて解剖したりしたもんや。今の親御はんなら大批判や。
 奥本はんも虫を愛するために虫を殺すんや、自然を学び、理解するためにはやむを得んと。自然が理解でけへん人間が多いのは虫を採取することが残酷やという妙な社会的通念からや。
 わしと同じ関西出身の奥本はんの子供時代は、よー似た生活環境やったみたい。わしら子供にとって虫は教材や。彼らを知るためにも虫を採取して、自然と人間の関係を学んだもんや。わしは10代で虫と決別したけど、奥本はんはその後50年以上たった今でも、虫と交流したはる。子供の頭と心を持たん人間にはでけへんことや。
 虫一匹への関心が魚介類から鳥類、哺乳(ほにゅう)類へ、さらに植物や食べ物にまで発展し、その触手は人類の存続の危惧(きぐ)にまで伸びていく。「地球に優しく」というスローガンをあおって地球との共存を提唱する動向に対しては、地球から言わせればちゃんちゃらおかしいで、ということになるのと違うか。大家である地球という家に人間が住まわせてもらって、柱切ったり壁壊したりして「共生共存」や言うたら地球はほんまに怒りまっせ。
 「その地球もやがては消滅する」と、奥本はんは直視したはる。その声は絶滅の一途をたどる虫や動物のタマシイの声とも共鳴してるんやないやろか。つまり人間の歴史と虫の歴史を分離して考えたらアカンのと違いますか。人間には知性がある、べっちょない(大丈夫)という認識があるけれど、虫からすればこの地球は虫の息やと思っとるんやないやろか。本書は「無理なんかしないで生き延びるのが最善の策」と結んでいる。
 評・横尾忠則(美術家)
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 幻戯書房・2310円/おくもと・だいさぶろう 44年生まれ。仏文学者。著書に『虫の宇宙誌』ほか。

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