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治りませんようにーべてるの家のいま [著]斉藤道雄

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年04月11日

[ジャンル]医学・福祉 社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■生の意味求める崖っぷちの真情

 虚を突かれた。
 「治りませんように」
 奇妙なタイトルにぽかんとして、しだいに混乱する。病気が治らないよう願う者など、いるはずがないではないか?
 これは十年の取材にもとづく記録と思索を杖(つえ)に、人間の生きる意味をもとめる一冊である。舞台は北海道の南、襟裳岬にちかい浦河町「べてるの家」。「べてる」は旧約聖書で「神の家」の意味だ。精神障害を患うひとびとの共同体として約三十年、現在のメンバーは約百五十人。介護や福祉事業、NPOなどを運営し、精神科医やソーシャルワーカー、家族らが支える。異色の存在として知られる活動の主体は、患者じしん。病気をわが財産と位置づけてつらい現実を受け容(い)れ、社会との関係を保ちながら回復をめざす。
 「苦労の哲学」。これが「べてるの家」と深くかかわったジャーナリスト、斉藤道雄さんにもたらされたたまものだ。七年引きこもったのち浦河に来て二年目、統合失調症に苦しむ清水さんとの対話。彼女は言う。
 「わたしがたとえば分裂病だとしても、そうでなくても、わたしがいまのわたしであることになんの変わりもなくて、そのことに対して違和感がないので、よかったなと思ってる」
 治ることにしがみつかなくていい、病気のままのわたしが自分だから。そう思えてはじめて、生きるのが楽になった。「治りませんように」とは、自分との和解の言葉だった。
 苦労すること、不安を抱くこと、悩むこと。それは負の感情ではなく、当事者である自分をだいじにすること——生きる手がかりを苦労のなかに発見してゆく筆致に、きわめて高い透明度と密度がある。「べてるの家」で語られるリアルな言葉をジャーナリストの視点で捉(とら)え直し、原石を研磨するかのように意味や価値を探り当てるさまには緩みがない。
 回復のよりどころは、つまるところ言葉。患者みずから生みだした名言のひとつに「なつひさお」がある。被害妄想や自傷行為のメカニズム(悩んでいる・疲れている・ひまで・さびしい・お金がない)を表現する一語にはほのかなおかしみさえ漂い、人生への肯定をうながす。たとえいっときの通過地点だとしても、共通の言葉を分かち合って築いた理解は励ましの効力を発揮するのだ。
 その中心にいるのは「治さない医者」を標榜(ひょうぼう)する精神科医、川村先生である。とはいえ、むろん治さないのではない。医師が主導権を握らず、管理せず、選択のおおくを患者に委ねる。それは、医師と患者どちらも「他人の価値を生きない」ための決意であり、苦渋や葛藤(かっとう)をも引き受ける果敢な治療に思われる。
 「治りませんように」。崖(がけ)っぷちの真情を、わたしはこの言葉に重ねて受けとめた。それはナチス強制収容所に送られ、家族を失いながら生還した精神科医フランクルによる。
「人生はそれ自体意味があるのだから、どんな状況でも人生にイエスと言う意味がある」
 〈評〉平松洋子(エッセイスト)
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 みすず書房・2100円/さいとう・みちお 47年生まれ。ジャーナリスト。元TBSテレビの記者、プロデューサーとしてドキュメンタリー番組制作に従事。『希望のがん治療』『悩む力——べてるの家の人びと』など。

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