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悦楽王 [著]団鬼六

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2010年04月11日

[ジャンル]文芸

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■異様な個性も失敗も許す柔らかさ

 SM小説の第一人者による自伝的長編である。70年代に「SMキング」誌を自ら立ち上げて廃刊となるまでの出来事が中心になっている。エログロの過激な世界をイメージして読み始めたのだが、どうも様子が違う。
 入社試験は社長の前でのセックスとか、編集経験のない若者を集めて編集長と副編集長に女性を任命とか、ライバル誌の編集長による「敵に塩を送る」にも程がある研修とか、幽霊との同居とか。あまりの規範のなさというか、何でもありな世界には確かに驚かされる。が、全体にどこか素朴で優しい。全(すべ)てが許されるような印象があるのだ。
 不思議なユートピア感の発生源はどうやら社長である「私」自身らしい。例えば、後にコメディアンになるたこ八郎が声優の面接に来たときの対応はこうだ。〈試しにテストしてみると(略)、一行の科白(せりふ)も駄目で、オリジナルドラマじゃないんだからちょい役をつけ加える事も出来ず、「マンガ『恐妻天国』に怪獣が出てくるんだが、怪獣のうめき声でよかったら」〉
 或(ある)いは、社長の自分に向かってポン引きめいた真似(まね)を始めた部下への反応。〈編集会議をやっている最中に、こいつ、アホ違うか、と腹が立ってきたが、しかし、こいつのアホさ加減も彼の特技のような気がして、怒る気にもなれず〉
 そして、幽霊が出るという家に住み続ける理由。〈私の家でお化けを見た、と怖がっていた谷ナオミだってそのお化けを見てから彼女の運命は急速に上昇し始めたのである〉
 懐が深いというのか、緩いというのか、「私」はどんなアホにもポン引きにも変態にも幽霊にもオープンマインドなのだ。その挙句(あげく)に本人の大失敗で会社は倒産ということになるのだが、責める部下は一人もいない。
 読み進むうちに、変態と愛、敵と味方、幽霊と人間、SM小説と純文学、失敗と成功などの全てが決して正反対ではなくて混沌(こんとん)と地続き、というかひとつのものに思えてくる。異様な個性も失敗も誤解も、何ひとつ致命傷にならない世界の熱さと柔らかさが魅力的だ。
 評・穂村弘(歌人)
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 講談社・1575円/だん・おにろく 31年生まれ。作家。『外道の群れ』『往(ゆ)きて還(かえ)らず』など。

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