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黒船前夜ーロシア・アイヌ・日本の三国志 [著]渡辺京二

[評者]四ノ原恒憲(朝日新聞記者)

[掲載]2010年04月11日

[ジャンル]歴史 文芸 国際

表紙画像

■北方での異文化接触の実態描く

 歴史研究に「if」は禁物だが、歴史物を読む大きな楽しみの一つに、「もし、あの時、違う方向だったら」との思いにふけることがある。その延長線上で「今」をふり返り、「未来の可能性」を考えることは、あながち無意味とも思えない。
 日本開国の直接のきっかけは1853年の「黒船来航」だが、その100年ほど前から、アイヌの地である北海道、千島、樺太などをはさんで、ロシア人と日本人の接触が相次ぐ。正式な通商を求めるロシア船も日本を訪れはじめた。それはまた、今でも日ロ関係ののど元に刺さる「北方領土問題」の原点の時期でもある。
 この鎖国状態の扉をたたく異文化接触の実態を、文献資料を元に通説に数多く疑問を呈しながら、ロシア、アイヌ、日本の「三国志」として描いた本書は、そんな「if」を考えさせるヒントに満ちている。
 1792年のラクスマン、1804年のレザノフの通商や国交を求めた来航に、幕臣、民間、いや老中の間にも、世界情勢に鑑(かんが)み、国を開く機運が一時盛り上がっていたという。人々は、太平の眠りをむさぼっていたばかりではない。逆に「日露戦争」の危機すらもあった。
 著者の作品に、幕末、明治初期に日本を訪れた多くの外国人の手記をもとにした『逝きし世の面影』がある。近代的史観では、「ただ遅れていた」と無視されてきた当時の日本人がもっていた優しさ、洗練、親切、倫理観などの「美徳」を、現代によみがえらせた。我々は何を失ったのか。今もロングセラーとして読み継がれる。
 本書でも、そんな「美徳」は様々な個所で顔を出す。中央の権力者を恐れず、異論を堂々と具申する松前奉行。ロシア船に捕らえられながら、日ロの友好のためならと、進んで捕虜になり、結果両国の橋渡し役となる豪商、高田屋嘉兵衛の侠気(きょうき)。ロシア人を驚かせた、人々の思いやりやユーモア。日ロ双方とも対等にわたりあったアイヌの人々の自立心と、豊かな自然観……。再び思う。失ったものは何か、と。せんない問いだが。
 評・四ノ原恒憲(本社編集委員)
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 洋泉社・3045円/わたなべ・きょうじ 30年生まれ。日本近代史家。『北一輝』『神風連とその時代』など。

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