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昭和 戦争と平和の日本 [著]ジョン・W・ダワー

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2010年04月04日

[ジャンル]歴史 人文 社会

表紙画像

■歴史の複雑な絡み合い浮き彫りに

 「昭和」とはいったいどんな時代だったのか。きっと人口に膾炙(かいしゃ)しているのは、「暗い谷間」の20年をくぐり抜け、敗戦を機に「新生日本」として甦(よみがえ)り、「奇跡」の復興を成し遂げたという「昭和」のナショナル・ヒストリーではないか。だが、このヒストリーには多分に神話的な潤色が施されていないか。それは、戦前、戦中、戦後の経験にあるダイナミックな連続性に目を閉ざすことになっているからである。本書は、この問題提起のもとに、過去と現在、戦前と戦後、戦争と平和の複雑な絡み合いを浮き彫りにしようとする歴史家ジョン・ダワーの論文集である。
 原著の刊行から十数年が経過し、その内容の一部には色褪(いろあ)せたものもあるが、その間口の広さと多様かつ斬新なアプローチには感嘆せざるをえない。特高警察の秘密記録などを手がかりに戦時中にみられた日本社会の政治的、社会的、イデオロギー的な対立と緊張を扱った論文など、戦前、戦中の「昭和」がこれまでとは違った光のもとに甦ってくるようだ。
 本書を読み進むうちに、読者は「昭和」という時代の奥行きの広さとその時代を生きた人びとの鼓動すら感じ取ることができるに違いない。それは、この高名な歴史家が、歴史における感情や不条理、魅力と憎悪など、自己と他者を定義する認識のパターンやレトリック、視覚や言葉などを素材に、政治や経済の機構や政策過程と本能的なもの、象徴的なもの、イデオロギー的なものとの複雑な絡み合いに目を凝らしているからである。その成果は、戦時期の日米間の人種差別主義的なプロパガンダや戦後の経済摩擦のレトリックを扱った論文にあらわれている。歴史における複雑さのなかにあるパターンを発見し、「歴史を活用」すること、ここに著者の真骨頂があるとすれば、本書は、複雑な歴史を正気を失った単純な図式に還元したがる傾向に対する頂門の一針になるに違いない。名作『敗北を抱きしめて』をより深く理解するためにも、本書は大いに役に立つ。
 評・姜尚中(東京大学教授・政治思想史)
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 明田川融監訳、みすず書房・3990円/John W. Dower 38年生まれ。歴史学者。『敗北を抱きしめて』。

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