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逆に14歳 [著]前田司郎

[評者]石川直樹(写真家・作家)

[掲載]2010年04月04日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■夢の再現に向かい、走り出す老人たち

 主人公の丸田史郎は生涯独り身を貫いた老人である。70歳を超えていると察するが、明確な年齢は文中に示されていない。五反田の実家に住んで、若い頃は小説を書きながら戯曲なども作っていたという設定や、一文字違いの名前から見て、現在32歳の著者である前田司郎自身の老後の姿を彷彿(ほうふつ)させる。
 その丸田は友人であるぺーちゃんの葬式に出席し、大学時代の演劇仲間で元役者の白田と久しぶりに出会う。旧交を温め、食い違う記憶を確かめ合うなかで、自分たちはあと14年は生きられるのではないかと話すのだ。丸田はそこで急に快哉(かいさい)を叫ぶ。逆から数えると14歳なんじゃないか、久しく異性にも接していなかったから、俺(おれ)たちは14歳の童貞みたいなものではないか、と。
 このあたりの展開が、今まで前田の脱力した小説を読んできたファンにはたまらない。差し挟まれる老人同士の会話を読んでいると、果たして現代の老人がこうした言葉を遣(つか)うだろうかと思ってしまうのだが、これが著者と同い年である自分の40年後の姿であると想像すれば、さほど違和感がない。
 物語はさらに進み、デート、同棲(どうせい)、演劇、トキメキなど青春の象徴ともいうべき所作が次々と現れ、ページをめくりながら人目も憚(はばか)らず何度も笑ってしまった。逆に14歳を意識しはじめてから、彼ら2人は生まれ変わったように過去を切り離して未来への道を突き進み、恋や愛や性を再体験していく。欲望に満ち、それらがすべて初体験だったあの頃のように、夢の実現へと一気に走り出していくのだ。
 子どもでも大人でもない老人という存在について考えるとき、最近上映されていた加藤周一氏のドキュメンタリー映画をぼくは思い出す。そのなかで生前の加藤氏が学生らを前にして、老人と若者の連帯によって世界が変わっていくということを力強く論じている場面があった。本作を読んでいて、ぼくはあのときの呼びかけを思い出していた。
 人は誰でも生まれたときから死に向かっていて、生を消費しているにすぎない。本来は死に続けているのに生き続けているという矛盾した感覚は、劇団「五反田団」を主宰する前田が、小説だけでなく演劇のなかでも繰り返し観客に突きつけてきた命題の一つである。人生は山を登っていくのではなく、頂上から猛スピードで下り続けているということを言いつつも、そこで人生を放り投げずに、再び新しい山へ向かおうとするのが、この小説の主人公たちだった。
 にわかファンの自分が言うのもナンだが、この私小説は前田のエッセンスが詰まった彼の最高傑作だと思っている。表題作の他に、書き下ろしの戯曲「お買い物」が併録されているが、それを語る前に紙面が尽きた。これは高い評価を得たテレビドラマ「お買い物」の脚本で、「逆に14歳」と同じく老人が主人公であることを最後に付け加えておこう。
 〈評〉石川直樹(写真家・作家)
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 新潮社・1785円/まえだ・しろう 77年生まれ。作家、演出家、役者。劇団「五反田団」主宰。08年に『生きてるものはいないのか』で岸田戯曲賞、09年に『夏の水の半魚人』で三島賞受賞。ほかに『グレート生活アドベンチャー』など。

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