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ピストルズ [著]阿部和重 

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2010年04月04日

[ジャンル]文芸

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■「神町サーガ」の壮大な物語空間

 本作は傑作長編『シンセミア』に続く「神町サーガ」第二部にあたる物語だ。
 陰謀と暴力に満ちた前作は夥(おびただ)しい死体とともに終幕したが、本作は一転して、少女向けファンタジーを思わせる描写で幕を開ける。神町で人知れず暮らす不思議な一家の、一子相伝の秘術を巡る物語。その存在に興味を持った書店主が、小説家の次女にインタビューする形で物語は進む。後半は植物の力を借りて人々を支配する非実在美少女(笑)が主人公だ。
 設定は前作と共通するが、描かれるのはほぼ独立した別世界だ。フラワームーブメントやニューエージ思想の断片が細部にちりばめられ、インターネットや暴露ウイルス、CIAの陰謀といった要素がパズルのように組み合わされる。
 神町は阿部が生まれた実在の町だが、中上健次の「路地」と同様、徹底した虚構化がほどこされている。このとき地名は、作家の想像力を触媒する物語環境として機能している。
 デビュー以来、阿部は一貫して形式主義者だった。阿部には定まった「文体」がない。しかし文体をも含む語り口の形式を自在に操作するその身ぶりには、「メタ文体」とも言うべき阿部独特のスタイルがある。一見不穏なタイトルも、実は「雌しべ」のダブルミーニング。そんな二重三重の仕掛けに満ちた本作で、阿部は女性の一人称視点を借りて神町の歴史を秘術継承史として語り直そうとする。
 物語が進むにつれ、『グランド・フィナーレ』を始めとする過去の作品群が、実は「神町サーガ」の一部であったことが明らかにされていく。そして驚くべき結末へ。形式主義は一種の叙述トリックだった。物語の底が抜けたような浮遊感に、我々は作家の技巧に翻弄(ほんろう)される歓(よろこ)びを噛(か)みしめることになるだろう。
 第三部までが予定されているという神町サーガは、バルザックの「人間喜劇」のような壮大な物語空間を予感させる。しかしこの作家のことだ、次作では再び鮮やかな“裏切り”によって、われわれを驚かせてくれるに違いない。
 評・斎藤環(精神科医)
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 講談社・1995円/あべ・かずしげ 68年生まれ。『グランド・フィナーレ』で芥川賞を受賞。

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