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あとより恋の責めくればー御家人南畝先生 [著]竹田真砂子

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2010年04月04日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■色恋や所帯の雑事に悩む中年男
 
 蜀山人こと大田南畝は、一般に狂歌師として記憶されることが多いが、随筆や紀行、考証、あるいは逸文編纂(へんさん)などの仕事にも、優れた業績を残した。さらには、役人としての勤めもりっぱに果たしたわけだから、異能の人と呼んでいいだろう。
 本書は、その南畝のもっとも人間的な面、すなわち松葉屋の遊女三保崎(みほざき)への〈恋〉に焦点を当てて、独自の南畝像を描き出そうとした、意欲作である。
 南畝は、一目惚(ぼ)れした三保崎を、妓楼(ぎろう)・大文字屋の主人で狂歌師仲間の加保茶元成(かぼちゃのもとなり)、平秩東作(へずつとうさく)らの力を借りて、身請けする。通説によれば、南畝は三保崎をひとまず元成の別荘に住まわせたあと、増築した自宅に引き入れて妻子、両親と同居させたといわれる。身請けと増築の時期が近いので、そのように推断されたものらしい。しかし著者は、南畝の著作中にそれを示唆する記述がないことから、同居はなかったとする。妻妾(さいしょう)同居説は、従来の蜀山人研究者がおおむね男性で、女性の視点に欠けたための憶測だ、と断じる。
 三保崎身請けと、ほぼ時を同じくして田沼政権が崩壊し、側近の一人土山宗次郎が罪に問われると、土山と親交のあった南畝は父の忠告を入れ、狂歌から足を洗って勤めに精を出し始める。身請けして以来、病弱な三保崎をいたわる南畝の心情は、勤めのあいだも変わることがない。それでいて、自宅にいる両親や妻子との生活も、おろそかにしない。母親と妻里与との確執や、あいだに立つ南畝の気苦労にも、丹念に筆が割かれる。
 もっとも、この小説の眼目は南畝と三保崎との交情を縦糸としながら、当時彼を取り巻いていたさまざまな狂歌師、文人墨客との交流を、横糸に織り出した点にある、ともいえる。加保茶元成、朱楽菅江(あけらかんこう)、平秩東作、山東京伝らに加えて、智恵内子(ちえのないし)や節松嫁々(ふしまつかか)といった、女性狂歌師ら脇役陣が、生きいきと躍動する。
 それも含めて、当意即妙、機知縦横の印象が強い南畝を、色恋や所帯の雑事に悩む中年男として描いた視点は、女性作家ならではのものだろう。
 評・逢坂剛(作家)
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 集英社・1785円/たけだ・まさこ 38年生まれ。「十六夜に」『白春』『鏡花幻想』『七代目』など。

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