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創るセンス―工作の思考 [著]森博嗣

[評者]瀬名秀明(作家)

[掲載]2010年03月28日

[ジャンル]文芸 アート・ファッション・芸能 新書

表紙画像

■想像力駆使して臨機応g変に楽しむ
 アイザック・アシモフの「バイセンテニアル・マン」は自由を求めたロボットの物語だ。アンドリュウというそのロボットはある一家の手伝いとして購入されるが、なぜか木彫り細工の才能に長(た)けており、一家の主(あるじ)はその工作で得た金をアンドリュウの好きにさせる。彼は自らの生存権を求め、最終的に人間へと近づいてゆく。だが私は思ったものだ。彼にとって人間になることが本当の自由だったのだろうか。木細工に没頭していたとき、すでに彼は自由を獲得していたのではなかったかと。
 本書を読みながら連想したのは、そんなアンドリュウの自由だ。私は森博嗣の小説を読まなくなって久しい。だが彼のノンフィクションはいまも純粋な読者だ。先に刊行された『自由をつくる 自在に生きる』と本書は、作家をほぼセミリタイアした森が真面目(まじめ)に取り組んだ書き下ろしであり(もう一冊、小説論が出るらしい)、彼のエッセンスが堪能できる。
 森のノンフィクションにはつねに真っ当、当たり前なことが書かれている。だが工学分野で類似の書き手が少ないため、相対的にエキセントリックに見えるに過ぎない。ここで語られるのは映像的想像力を駆使して臨機応変に楽しむ工作のセンスだ。工作では不慮の事態が起こる。その対応のセンスを森は問うのである。工作とは基本的に不可逆な行為であり、必ず部分的な破壊を伴う。いったん穴を開けたらもう元には戻らない。レゴ・ブロックのようにパーツを組み合わせるだけの作業は工作ではないと森はいう。だからこそセンスが大切なのだ。
 庭に自作の鉄道を走らせる森は、イメージだけで模型を創(つく)るフリーモデルの世界にのめり込む。そのとき森の文章は本当にいきいきとしている。彼の自由論が工作論と表裏一体である所以(ゆえん)だ。理科離れ対策は、まず大人がもの作りを楽しむことだという主張は見事に真っ当である。
 ここ十数年、森の本を読んで高専や大学工学部を目指した若者は多いに違いない。この春、自由への一歩を踏み出す人に、手にとってほしい一冊だ。
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 集英社新書・735円/もり・ひろし 57年生まれ。作家。工学博士。著書に『すべてがFになる』など。

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