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ハンナ・アレントの政治理論―ハンナ・アレントと現代思想 アレント論集1・2 [著]川崎修

[評者]苅部直(東京大学教授)

[掲載]2010年03月28日

[ジャンル]政治 人文

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■「危うさ」から目をそらさず考える

 二十世紀の政治哲学者、ハンナ・アレント(最近多くなった発音表記では「アーレント」)についての研究書・概説書や、遺稿の訳書が、日本でも近年さかんに公刊されている。かつてはフランス現代思想の紹介にこれ努め、政治思想など歯牙(しが)にもかけなかった雑誌までもが、いまやアレントの思想を熱心にとりあげる。
 この本が語るように、時代の関心がアレントへの注目を導いた面は、たしかにあるだろう。代表民主政がうまく働かなくなった時代に、人々がみずから公共の決定に関(かか)わる回路を、いかにして確保するか。
 個人の自発性に基づく共同の「活動」として、政治を意味づけたアレントの思想は、たしかにその一つの回答になりうる。また同時にアレントが、さまざまな人々を共存させる「複数性」を説いたことは、異文化のあいだの摩擦に直面する現代人を、強く惹(ひ)きつける。
 しかし、この本が強調するのは、そうした健全な政治参加のすすめではない。むしろ、「異様さ」や「危うさ」を、アレントの思想が強く帯びていることが、くりかえし指摘される。
 世の空気が閉塞(へいそく)感に満ち、退屈さに倦(う)んだ人々は、生の意味を求めて突出した行動にはしる。そうした非合理な熱情を認めながら、それを人間の秩序と両立させる手だてを模索した哲学者として、アレントを描くのである。こうしてニーチェやハイデガーの哲学と関連づけながら提示される思想家像は、禍々(まがまが)しい魅力さえ帯びてくる。
 一九八〇年代から始まった著者の研究が、ようやく単行書にまとまった。そして改めて読み返すと、当初から指摘されていたアレントの哲学に漂う「異様」な気分が、むしろいまになって、時代にいっそう即してきたように思える。
 人間と政治について、この「危うさ」から目をそらさず考え続けること。その地平に立たないかぎり、議論のどこかを曖昧(あいまい)にして、お茶を濁すことになるだろう。アレントの思考のきびしい営みに、この本の読者もまた、まきこまれてゆくのである。
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 岩波書店・1 3570円、2 3675円/かわさき・おさむ 58年生まれ。立教大教授(政治学)。

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