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ボート [著]ナム・リー

[評者]阿刀田高(作家)

[掲載]2010年03月28日

[ジャンル]文芸

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■核心は読者に委ね、読みごたえ

 著者はベトナム生まれ、戦後の混乱を逃れ、ボートピープルとしてマレーシアへ、ついでオーストラリア・メルボルンに渡ってそこで育った。さらにアメリカのアイオワ大学で小説の執筆を学んでデビュー。すでにいくつもの文学賞に輝いている。
 『ボート』は7編からなる短編小説集。冒頭の「愛と名誉と憐(あわ)れみと誇りと同情と犠牲」はアイオワで小説を学んでいる主人公のところへベトナム戦争で苦しんだ父が訪ねて来る。戦争を熟知している父、体験のないままそれを小説のテーマにしようとしている主人公、家族間の境遇の差や感情の乖離(かいり)もあって作品のタイトル通りのくさぐさが二人のあいだに見え隠れする。二つめの「カルタヘナ」は恵まれない若者が裏社会にも通じているボスに雇われながらカリブ海のすばらしい町カルタヘナへ行くことを夢見ている。「エリーゼに会う」は、昔、妻子と別れた画家が、今、チェロ奏者として脚光を浴びつつある娘に会おうとしてままならない。「ハーフリード湾」はオーストラリアのどこか海辺にすむ一家の屈折した生活、高校生の主人公はサッカーで人気を集めるが、ガールフレンドには怖い男がついているみたい。父の仕事はままならず、母は重病、気のいい弟がいて、一家の愛はどう保たれるのだろうか。「ヒロシマ」は、おそらく昭和二十年八月六日直前の日々だろう。小学三年生のヒロインは家族を離れて郊外での疎開生活へ。愛国少女の姉はあくまでも町に残ると言っているが……。ピカドンについては(まだ落ちないのだから)一行の記述もない。「テヘラン・コーリング」はアメリカ女性がイラクとの対立の厳しいイランで活動する級友を訪ねて味わう感情の起伏、また「ボート」では少女がベトナムからの逃亡のボートに乗っている。
 このようにテーマは多彩。実体験もあろうが入念な調査や取材で、現実感をみなぎらせているのはみごと。しかし韜晦(とうかい)を好むのか、核心は書かない。周辺を精緻(せいち)に綴(つづ)って、核心は読者に想像してもらおう、ということか。読みごたえのある翻訳文学だ。
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 小川高義訳、新潮社・2415円/Nam Le 78年生まれ。生後3カ月で両親とともに出国。米国などで学ぶ。

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