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日露戦争―起源と開戦 上・下 [著]和田春樹

[評者]南塚信吾(法政大学教授)

[掲載]2010年03月21日

[ジャンル]歴史 政治 国際

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■ロシアの新史料から定説覆す大胆な議論

 「国民は(略)戦争に向かっていることとはまったく無関係だったのである。(略)自分のことに追われて生きていた(略)。そして戦争がはじまって、全国民がその中にまきこまれていった」。日露戦争はそういう戦争であった。本書は、日本の開国から始まり日露戦争に至るまでの日本とロシアの関係を、朝鮮史を組み込みつつ論じている。
 日清戦争とその後の露仏独による「三国干渉」、露清同盟と東清鉄道協定、遼東半島租借、義和団事件後の露清戦争などを経てロシアの満州進出が進む。その間に朝鮮への進出を進める日本とのあいだに激しい対立が生まれたのである。
 本書によれば、1901年に成立した桂太郎内閣はその対立に新展開をもたらす。新内閣は小村寿太郎外相のもとに、対露協商派の伊藤博文などを棚上げし、対露強硬路線を突き進む。これに対して、ロシアでは、対日交渉派のウィッテ蔵相が対日強硬派のベゾブラーゾフらに追い落とされるが、後者も決定力は持たず、ニコライ2世の周りにはラムスドルフ外相やクロパトキン陸相といった無能な大臣が残る。しかも、皇帝は気まぐれで、一貫性を欠く。ロシアは「漂流」する。
 ロシアは戦争直前まで、日本に軍事攻撃されることはなく、妥協が通じると思っていた。ロシアがもう少し日本を現実的に見て、日本を軽視していなければ、戦争にはならなかっただろう。ロシアにとって、極東政策を一本化し、極東兵力を増強し、それによって戦争を回避するというのが「唯一の道」だったのだ。
 このような観点から、本書は、司馬遼太郎『坂の上の雲』を批判する。ロシアが一貫して侵略熱に侵されていたのではない。むしろ政策がなかったのだ。ロシアはとても日本と戦えるような国家ではなかった。一方、日本は防衛一方だったのでもない。「たいした胆力を持つ」小村のもとで一貫して強硬な朝鮮・満州政策を追求したのである。
 司馬への批判は、朝鮮の無視にも向けられる。本書は、日露のあいだにあって朝鮮問題はまさに鍵を握っていたこと、そして実際に朝鮮の皇帝高宗らはそれなりに役割を演じていたことを示す。日本とロシアは常に朝鮮は独立していく力がないとしてその保護の必要性を主張していくのだが、当時の朝鮮の国家についてまとまった議論もほしかった。
 本書の目線は、政策決定過程にあり、政策決定者の個人的力量、政策決定のメカニズムが注目されている。だが、折々に民衆の運動の意義や世論の政策への影響が論じられていて、単なる外交史ではない。
 ロシア側で発掘された1次史料に基づいた詳細な実証がなされ、それに基づいて驚くほど大胆で説得力のある議論が積み重ねられ、これまでの定説がいくつも覆されていく。
 「日本人ロシア史家」によって、今日への問題意識を持ちながら描かれた本書は、我々にとって「重い」挑戦である。
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 岩波書店・各7140円/わだ・はるき 38年生まれ。東京大学社会科学研究所所長などを経て、東京大学名誉教授。ロシア史学者。著書に『北方領土問題』『朝鮮戦争全史』『テロルと改革』など。

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