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清水次郎長―幕末維新と博徒の世界 [著]高橋敏 

[評者]高村薫(作家)

[掲載]2010年03月14日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝 新書

表紙画像

■暴力装置を織り込んできた近代

 いつの世も、正史に記録を残さない庶民が歴史の底辺を支え、消えてゆくのだが、幕末の博徒集団に限って言えば、ただ消えていったとは言い難い。もともと幕藩体制の隙間(すきま)を埋めるかたちで権力と共存していた博徒たちは、幕府の弱体化とともに武装集団として力を増してゆき、ときには警察権を補完する役目まで担って公権力と結びついた。そして幕末には、彼らもまた倒幕派と佐幕派に分かれて諸藩の軍隊に組み込まれ、明治政府が開かれて後は、さらに官軍と旧幕府軍に分かれて、その後の明暗を分けるのである。
 本書は、天田愚庵(ぐあん)の『東海遊侠(ゆうきょう)伝』で世に喧伝(けんでん)された大親分清水次郎長(しみずのじろちょう)とその周辺を、いま一度歴史のなかに置き直そうとする。そこで浮かび上がってくるのは、赤報隊の黒駒勝蔵(くろこまのかつぞう)、尾張藩集義隊の北熊一家、名古屋事件の大島渚、秩父困民党の田代栄助などなど、同時代の博徒たちがあちこちで正史に名を連ねる、この国の近代史の異様さである。次郎長自身、幕臣の山岡鉄舟と親交を結んで戊辰戦争を巧みに生き延び、富士山麓(さんろく)の開墾など、殖産興業にさえ乗り出しているのだが、これは次郎長が傑物であったというより、幕末維新の本質がまさに混沌(こんとん)だったことの証左であろう。
 そもそも博徒の本分は、いまも昔も縄張りや面子(メンツ)をかけての、切った張ったの血みどろの出入りである。次郎長が海道一の大侠だったとすれば、その暴力性も海道一だったということである。そんな人物が生来の動物的な勘と運に恵まれて維新を生き延び、最期は畳の上で大往生を遂げて銅像にまでなった。殺戮(さつりく)を重ねた暴力の一生に、任侠という虚構をつけ加えてつくられた次郎長像は、博徒という暴力装置を初めから織り込んできた日本近代の徒花(あだばな)か。それとも、維新の底辺でその日を生き延びるのに精一杯(せいいっぱい)だった庶民たちの感情の、混沌の捌(は)け口(ぐち)か。
 本書に登場する博徒の群像を眺めるに、幕末維新とは、大義や志より、ともかく濁流を乗り切った者が歴史をつくることの見本のような時代だったのではないかという思いを強くした。
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 岩波新書・840円/たかはし・さとし 40年生まれ。国立歴史民俗博物館名誉教授。著書に『国定忠治』など。

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