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失われた天才―忘れ去られた孤高の音楽家の生涯 [著]ケヴィン・バザーナ

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2010年03月14日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像


■誰にも似ていなかったからこそ

 時代が天才を渇望しているのか、近頃「天才」を表題に付した本が目につく。私もこの欄で2冊紹介した。なぜか天才には人を熱狂させる魔力が潜む。
 『失われた天才』のニレジハージは、予想不可能な行動に出るピアニストであり作曲家だ。時には黒い絞首刑用のフードを頭から被(かぶ)り、プロレスラーみたいに「ミスターX」と名乗って演奏する。ひとたびキーを叩(たた)けば前代未聞の音を出し、聴衆は即座に彼を天才と奉る。本人も「俺(おれ)を通じて神は語る」なんて豪語する。
 彼はドストエフスキーの小説の「常軌を逸した」人物と自分を重ね、ダンテ、ゲーテ、シェークスピアらの古典に親しむ。特にジュール・ベルヌの影響が大きく、リストと同様、人生の「暗黒面」を暴くことを恐れない彼の神、オスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイ」を敬愛する。また、彼の好色は常軌を逸し、セックスこそ「人生における熱中の対象」と謳(うた)い、なんと生涯に10回も結婚する。
 ブダペストで名声を上げたあとアメリカに渡るが、これが彼の「終わりの始まり」になる。17歳の天才、「ピアノ界の若きリスト」のアメリカ初舞台はカーネギーホール。彼の魔術的な演奏は女性らをたちまち魅了するが、同時に批評家は「天才に酔いしれる変人のような演奏」と批判。カリフォルニアでの成功を頂点に凋落(ちょうらく)の一途を辿(たど)る。
 にもかかわらずニレジハージは一切の妥協を許さない。彼はピアノを弾くより、むしろ作曲を好んだ。折衷主義によって多彩な表現を見せながら、個人的体験に色濃く基づいたその態度は、作品の中に芸術家を隠すことが芸術の目的という、彼が私淑するワイルドの主張と矛盾しているように思われる。
 ニレジハージの音楽が、かつて誰も聴いたことのない音楽、何にも似ていないという誉(ほ)め言葉にもかかわらず、彼が没落したのはこの誉め言葉にあった。誰にも似ていないという独自性こそが逆に、音楽の歴史的文脈の延長上に立脚していないことを証明する。そこがアマチュアに見られたのだろう。
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 鈴木圭介訳、春秋社・5040円/Kevin Bazzana 63年生まれ。カナダの音楽史家、伝記作家。

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