書評・最新書評

天啓を受けた者ども [著]マルコス・アギニス 

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2010年03月14日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ラテンの情熱で圧巻の愛憎劇

 はるか遠くのアルゼンチン作家の小説、2段組みで500ページの分量、宗教的なにおいのするタイトル、書店で本書を手に取ったとしても、読むのにちょっとひるんでしまう。しかし数ページ読めば、たちまち本書の虜(とりこ)になるだろう。
 ストーリーは骨太で単純だ。あなたの目の前で「天国の到来を声高に告げながら地獄を生み出している、天啓を受けた者ども」が悪の所業を繰り広げ、帝国を築き、そして滅びていく。
 ビルは、アメリカの小さな町の普通の少年だった。重篤な脳炎にかかり、旧約聖書の預言者エリシャによって死の淵(ふち)から救い出されたと信じた彼は、白人至上主義のカルト宗教帝国のリーダーにまで上りつめる。ウィルソンはキューバからアメリカに亡命し、ベトナム戦争に従軍する。その経験を生かし、アルゼンチン軍事政権と癒着した彼は麻薬ビジネスで企業帝国を築く。2人とその仲間の「天啓を受けた者ども」は結託し、さらに力をつけようとする。
 彼らの悪に敢然と挑むのが主人公ダミアン。アルゼンチン軍政下で両親と姉を誘拐され、虐殺された遺児だ。わずかな手がかりを頼りに家族を殺した悪を追い詰めていく。彼を支える美しい女性モニカ。彼女の出生の秘密にかかわる女性エヴァリンとドロシーなど多彩な登場人物が、ラテンの情熱さながらに圧巻の愛憎劇を繰り広げていく。スケールの大きなオペラを見るようであり、人間喜劇と称されたバルザックの小説のような興奮を味わうことができる。
 人間は天啓という使命感を抱けば、どこまで悪になれるのだろうか。過去も今も多くの国々で正義の名で虐殺が行われている。アルゼンチンでも軍政に反対する人々が誘拐され、デサパレシードス(消されてしまった人々)の悲劇を生んだ。著者は史実に基づき、それをえぐり出す。ダミアンの父母への虐待は残酷で、読むに堪えない。
 本書のもう一つの読み所は麻薬密輸手段。車のバンパーに麻薬を隠すのは、私が横浜税関で取材したそのものだ。身近な悪の存在に思わず怖気(おぞけ)を覚えた。
     *
 八重樫克彦・八重樫由貴子訳、作品社・3990円/Marcos Aguinis 35年生まれ。作家。『マラーノの武勲』。

関連記事

ページトップへ戻る