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奇跡の団地―阿佐ケ谷住宅 [編著]三浦展[著]大月敏雄、志岐祐一、松本真澄

[評者]重松清(作家)

[掲載]2010年03月07日

[ジャンル]経済 社会

表紙画像


■組織の「若さ」がもたらした「奇跡」

 阿佐ケ谷という町は東京都杉並区にある。だが、この際、地名については忘れていただいてもかまわない。阿佐ケ谷住宅の「奇跡」の最大の所以(ゆえん)は、それが1958年に誕生したということなのである。
 住宅をつくったのは、日本住宅公団。いわゆる団地は画一的な景観で語られることが多いのだが、阿佐ケ谷住宅はそうではない。テラスハウスと3階建て・4階建ての集合住宅が混在して、全350戸が構成されている。公共の道路や植栽も個性豊かなたたずまいで、私有地との境界もゆるやか。その後の団地とは明らかに一線を画しているのだ。本書は「つくる側」と「暮らす側」の両面から、当事者の声も交えてその理由を探る。
 日本住宅公団の創設は1955年なので、阿佐ケ谷住宅は黎明(れいめい)期のプロジェクトということになる。産声をあげたばかりの組織には、自由闊達(かったつ)な空気があふれていた。前例が揃(そろ)わず、システムが整っていないからこそ、若い人材が臆(おく)することなく理想を高く掲げられたのだ。だが、1960年ごろからは団地の規格化が急速に進められ、〈公団の団地空間が無表情になり、息苦しくなっていく〉。阿佐ケ谷住宅は、ごく短い間にきらめいた組織の「若さ」がもたらした「奇跡」だったのである。
 一方、住民は建物を愛し、景観を愛して、半世紀を超える年月をかけて町を育ててきた。その時間の蓄積、すなわち「古さ」もまた、「奇跡」の一翼をなしているわけだ。
 阿佐ケ谷住宅の全体像を設計した津端修一氏は、フリーハンドで図面を引くことを大切にしていたという。それは、若い組織の(さらには戦後の若い時代の)伸びやかさにも通じるし、古びた家や町並みならではの、暮らしにしっくり馴染(なじ)む肌合いにもつながるだろう。
 そう考えると、三浦展さんの問題提起に応える形で建築の専門家たちが執筆した本書は、阿佐ケ谷住宅という一つの団地の「奇跡」を解くことで、じつは三浦さんの長年の主題でもある「日本人の幸福史」について論じていたのかもしれない。
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 王国社・2100円/みうら・あつし(消費社会研究家)、おおつき・としお、しき・ゆういち、まつもと・ますみ

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