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愛するものたちへ、別れのとき [著]エドウィージ・ダンティカ

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2010年03月07日

[ジャンル]文芸

表紙画像


■荒廃を浄化する生命の強健さ

 1950年代から現在までの武力抗争の絶えないハイチと、NYブルックリンを舞台に、作者とその伯父一家の歩んだ道のりを描く自伝的小説である。
 作中の牧師は、生まれた瞬間から人は死に向けて旅立つ、と言う。世の中があらゆる不平等に溢(あふ)れていても、人は誰しも老いて死ぬ。その平等さに、むしろハイチの人々はある種の救いを見いだしているのかもしれない。四半世紀、排ガスの街でタクシーを走らせ肺線維症になった作者の父も、癌(がん)に苦しみながら不法入国者として手酷(てひど)く扱われた伯父も、凄絶(せいぜつ)な最期をとげる。しかし、である。人生は単なる「死までの苦役」ではないと本書は語っている。「私たちはみんな死につつあるんだよ、一度に一息ずつね」と言う伯父は、その一息一息を威厳と誇りをもって生きる。民兵の暴力に傷を負いながらも養父の勇気にふれた娘は、「パパは今夜産んでくれたわ。私を」と逞(たくま)しく再生していく。ダンティカの筆致には、荒廃した暗い空気を浄化するような生命の輝きと強健さがある。ハイチに豊かな実を育む文学の土壌があることを本書は改めて教えてくれた。
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 佐川愛子訳、作品社・2520円

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