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西周の政治思想 [著]菅原光

[評者]小杉泰(京都大学教授)

[掲載]2010年03月07日

[ジャンル]人文

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■秩序崩壊後に新しい社会を構想

 西周は、明治期に西洋近代の用語を日本語に導入する上で、絶大な貢献をなした。有名なのは「哲学」の語の発明であるが、現代日本人が日常的に用いている彼の造語は数多い。理性、原理、主観、意識、概念など、少しあげるだけでも、貢献の大きさがわかる。彼の翻訳語は私たちの思考や表現に大きな影響を与えている。
 その造語の多くは伝統的な漢字の組み替えに新しい概念を吹き込んで成立している。幕末に生まれた彼は儒学をきわめる一方で、長じてはオランダ留学で西洋思想を身につけた。儒学と洋学を体得した上で、それを独自の思考で理解したからこそ、新時代を開く思想家たりえた。
 ところが、「哲学」という翻訳語は称揚されても、思想家としての独自性はこれまで十分評価されてこなかった。特に政治思想は、取り上げられることがなかったという。本書はそれを追究する新しい試みである。
 西には、もう一つの顔、すなわち兵部省・陸軍省の官僚、軍人勅諭の起草者という顔がある。軍人勅諭は後の軍国主義につながっているため、彼はその創始者のように見られてきた。明治の啓蒙(けいもう)思想家にとって、これは具合が悪い。
 しかし、著者はそれは後の時代を投射した誤解であると断じる。当時の西の役割は、しばしば不品行で、私兵化さえしかねない軍人たちに規律を与え、行政権に服させることであった。彼の軍人論は「平常社会」論、すなわち市民社会の構想に基づいていた。
 さらに、法秩序や功利主義、宗教論などを取り上げ、著者は、旧来の秩序が崩壊した後の日本で、西がいかに新しい社会を構想しようとしたのか、その思想を丁寧に跡づけている。
 その際に、西洋思想をどれだけ正しく理解できたかという基準ではなく、自分の社会の要請にどう応えようとしたのかに着目する姿勢はおおいに共感できる。日本のみならず、アジア、アフリカの知識人を考える際には、単に西洋近代の受容度を計るのではなく、時代との苦闘を理解することが肝要であろう。
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 ぺりかん社・5250円/すがわら・ひかる 75年生まれ。専修大学准教授(日本政治思想史)。

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