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 ダリ・私の50の秘伝―画家を志す者よ、ただ絵を描きたまえ! [著]サルヴァドール・ダリ

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2010年02月28日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像



 信じられないことだが、ダリが画家の卵を対象に、1947年に技法書を書いていた。長らく絶版だったらしいが、今頃になって日本語でお目見えした。どうせダリのことだ。まともな技法書など書くはずがない。ところが中身は例によって偏執狂的かつ批判的ではあるが、理性的判断からは決して逸脱していない。意外といえば意外だが、ちょっと不満でもある。
 ダリは妻ガラと共に神秘と謎に満ちた実生活を厚いベールで隠蔽(いんぺい)しているにもかかわらず、機会あるごとにその内実を公開したがる性癖がある。以前、アポなしでダリ邸を訪ねたときも彼の好奇心から迎え入れてくれ、ボクはダリとガラに会った。こんなふうに彼らの秘密は時に小出しにバラしもする。
 そんな気まぐれな謎を演出するダリはそのまま彼の作品にも反映していて、秘密にすべき謎まで白日のもとに晒(さら)し、自らの手で解明したがる。だから技法の公開など、ダリにとっては何も恐れるに足りないのだ。
 この本を読みながらふと、貝原益軒の「養生訓」を思いだした。益軒さんは師を求め師から術を習うべきだと諭す。師も教えもなく、養生の術も知らないでは、道を成し遂げるのは困難だとするが、ダリの教示せんとするのはまさにこのことだ。
 ダリは〈50の秘伝〉を挙げ、画家にアルコールやセックスの条件的謹慎を促し、目と手を粗末にすることを戒め、自作に罵詈雑言(ばりぞうごん)を吐くな、目覚めていながら眠るべし、何々を食べろ、ダリを真似(まね)ろ、と示唆する。あげくの果てに、妻ガラと結婚しなければならないと曰(のたま)う。
 またご丁寧に、絵の具、オイル、絵筆、パレットなど、画材に至るまで画家の“企業秘密”を公開する。描法についても、カップルを描くときは男性から描き始め、顔は明るい部分から顎(あご)、頬骨(ほおぼね)と進み、最後に目を描けと、こと細かい。だがダリの錬金術に従えば自(おの)ずとダリ風のリアリズム絵画に向かうので、万人の技法とは言えまい。
 とはいえ、ダリの「絵画養生訓」は、薬で言えばケミカルというよりも漢方薬である。
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 音土知花訳、マール社・1890円/Salvador Dali 1904〜89年。スペイン生まれの画家。

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