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教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ [著]本田由紀

[評者]耳塚寛明(お茶の水女子大副学長・教育社会学)

[掲載]2010年02月28日

[ジャンル]教育 社会 新書

表紙画像


■働く者が身につけるべき知識とは

 1980年代までの日本の教育は、学校から仕事への円滑な移行を可能としている点で、諸外国から評価されてきた。ところが2009年、経済協力開発機構は、日本教育の美徳が揺らぎ、数々の問題が顕在化しつつあると指摘した。事実、不安定・低賃金にあえぐ非正社員が急激に増え、正社員も長時間労働化と賃金抑制に直面するようになった。その中で企業の人材形成への投資が大幅に後退し、企業以外の場における職業能力の形成が重要になりつつある。この本は、青少年が職業世界へと入っていく過程で学校の果たすべき役割を「教育の職業的意義」と呼び、その回復がいままさに求められているのだと主張する、論争的な書である。
 諸外国との比較作業から、60年代以降、教育の職業的意義が特異なまでに希薄化した日本の姿が浮かび上がる。職業的意義の中身は、働く者すべてが身につけておくべき労働に関する基本的な知識と、個々の職業分野に即した知識やスキルである。単純な主張のようだが、ふたつの意味を読み取っておかねばならない。第一に労働知識は職業世界の要請に若者が〈適応〉するための手段だが、著者はそれ以上に〈抵抗〉の手段としての重要性を強調する。それを欠けば、理不尽な要求を突きつけてくる力に若者は翻弄(ほんろう)されるほかないからである。第二に職業分野に即した知識やスキルに関して、著者は「柔軟な専門性」という概念を提唱する。特定職種にのみ適用可能な教育ではなく、専門的輪郭を備えながらも後々の知識やスキルの更新、転換を見込める柔軟さが求められている。政策的に推進されているキャリア教育などは教育の職業的意義とは似て非なるもの、むしろ若者の進路不安の増大を招いていると警鐘を鳴らす。
 著者は周到にも、本書に寄せられるだろう定番的批判をあらかじめ予想し、それらへの反論を序章に書いている。これを手がかりに、学校と職業のかかわりについて、著者相手に議論を試みられてはいかがだろう。本書には議論に値する、骨太の主張が含まれていると思う。
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 ちくま新書・777円/ほんだ・ゆき 64年生まれ。社会学者。東京大学大学院教授。『若者と仕事』など。

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