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誇り高き老女たちの食卓 [著]本間千枝子 

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年02月21日

[ジャンル]文芸

表紙画像

食材から紡がれる多元的な物語

 本間千枝子さんのデビュー作『アメリカの食卓』をわたしが手にとったのは一九八二年、大学を卒業した二年後だった。
 当時主婦だった本間さんは、七年の滞在中に出合ったアメリカの料理を手だてに、旺盛な好奇心と鋭い感覚を奮って縦横に考察し、歴史や文化、宗教まで深く分け入ってゆく。食にテーマを求めて書きたいと定めていた二十代のわたしにとって、『アメリカの食卓』との出合いは衝撃そのものだった。書き手しだいで、食文化はかくも豊饒(ほうじょう)な内実を浮かび上がらせるものなのだ、と。
 ことし七十七歳、食文化の研究家として執筆活動に専心してきた本間さんの最新刊が本書である。ひとつの味、ひとつの素材から多様な次元をすくいだして読者に示す手つきはすこぶる健在。さらには家族の来歴、ひととの交流、胸の奥に宿してきたさまざまな感情がこめられて、たっぷりと肉厚な食の物語が紡がれている。
 真冬の味、鮟鱇(あんこう)鍋にも一家の物語がふつふつと湯気をたてている。夫の祖母は明治生まれの水戸育ち、ウーマンリブの先駆けのようなひとだった。十年あまりの同居生活のなか、およそ料理ぎらいとしか思えなかった祖母が、ある日をさかいに見せた鮟鱇への偏愛。その味は、鮟鱇という魚と本間さんをかたく結びあわせた。ぽつりともらした日常の言葉も、世を去ってなお食の奥行きを照らす。
 「物の中に味わいを見つけて食べる」
 奇(く)しくもその言葉は、本間さんの文章の魅力をもずばり言い当てているのだった。
 うずら。鱈(たら)の白子。高知のいたどり、のれそれ。鮭(さけ)。雉(きじ)酒。豚。ギリシャの蛸(たこ)、レバノンのサラダ……登場する味の数々は、物語の案内役をあたえられて、じつに誇らしげだ。
 わたしたちは誰もみな、食をめぐる濃密な物語を持っている。生きることは、同時に自身の食べものの物語を編むということ。読みながらそう気づかせる本間さんの食卓は、「老女」と呼ぶにはあまりに初々しい輝きに充(み)ちている。
 評・平松洋子(エッセイスト)
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 NTT出版・1890円/ほんま・ちえこ 33年生まれ。随筆家、翻訳家。『父のいる食卓』『女の酒の物語』など。

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