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絶滅した日本のオオカミ―その歴史と生態学 [著]ブレット・L・ウォーカー

[評者]石上英一(東京大学教授)

[掲載]2010年02月21日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■「大口の真神」消した近代化問う

 かつて日本列島のオオカミには二つの亜種がいた。北海道のエゾオオカミと、本州・四国・九州のニホンオオカミである。古代以来、「大口の真神」とも呼ばれ、作物を守る神、多産の象徴として尊崇された日本のオオカミだが、なぜ20世紀初頭に絶滅してしまったのか。
 絶滅の過程は柳田国男、今西錦司らのオオカミ研究、動物誌、生態学、民俗学などでも明らかにされてきた。著者も先行研究を踏まえ、その上に論を展開する。だが、本書の大きな特徴は、著者の近世日本の蝦夷地征服の研究の蓄積とアメリカのオオカミ生態保護運動に対する理解に基づくところにある。
 アメリカのイエローストン地区では、絶滅したオオカミを再導入して生態系を復元するウルフプロジェクトを1995年にスタートさせた。モンタナ州に生まれ北海道でも学んだ著者は2000年、同プロジェクトの冬季調査に参加し、オオカミの生態観察をした。オオカミに接した経験を生かし、環境史・生態学の視点からオオカミ絶滅の問題に取り組んだのである。
 オオカミが人間を攻撃する有害動物とする認識は、近世に確立した。第一の要因は、人間による農業生産、馬飼育の拡大などによってオオカミの生活圏が圧迫されたことにある。第二の要因は、18世紀以降の狂犬病伝染による、オオカミの人間攻撃の増加にある。19世紀後半には、エゾオオカミにも狂犬病が伝染したらしい。
 そして本書が詳細に語るように、近代化を進める明治政府は1878年以降、北海道開拓事業において、アイヌに神として崇拝されてきたエゾオオカミを畜産振興を妨害する有害獣として撲滅する作戦に出た。近代化がオオカミを消したのである。
 ところで、昨年出た『狼(おおかみ)の民俗学——人獣交渉史の研究』もニホンオオカミに関(かか)わる説話・伝承・絵画・信仰に言及する。著者菱川晶子氏もスウェーデンで民間伝承学を学び、野生オオカミの足跡に触れる機会を得たという。人間と動物の関係から環境問題まで、オオカミ研究に学ぶものは多いといえよう。
 評・石上英一(東京大学教授・日本史)
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 浜健二訳、北海道大学出版会・5250円/Brett L. Walker 67年生まれ。米モンタナ州立大教授。

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