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動機の修辞学 [著]ケネス・バーク

[評者]高村薫(作家)

[掲載]2010年02月21日

[ジャンル]人文

表紙画像

■人間社会の姿そのものが見える

 人を説得することの有用性が広く社会に意識され、そのための修辞学が言葉の技術として明確に捉(とら)えられていたアリストテレスの時代はすでに遠い。しかし今日でも、人が語る言葉はその人の生ける動機(=欲望)の表現手段であり、さまざまな修辞性をまとって放たれるものであることに変わりはない。
 人が言葉を使うのは、相手との同質と異質の境を確認する自己の身元確認という動機に基づく。そのために動員される修辞は弁証法を生み、弁証法は人間社会を階層化して捉える思考を生む。古典が謳(うた)う愛や妬(ねた)みに始まり、マキャベリの『君主論』からマルクス主義まで、修辞学的に眺めれば、異なる階層間の求愛で説明されるわけである。そして階層化は、やがて普遍的原理という幻想を生んでゆく。
 著者は、文法では規定できない人間の生きた動機が生み出す修辞の適用範囲を、少し広げすぎているのかもしれない。けれども、おおよそ人が言葉を使用するすべての場面で、その言葉がもつ意味に先立ってある使用者の動機を覗(のぞ)き込むとき、まさに人間社会の姿そのものが見えてきて、無類に面白いのだ。
 高村薫(作家)
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 森常治訳、晶文社・4725円

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