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生き残る判断 生き残れない行動―大災害・テロの生存者たちの証言で判明 [著]アマンダ・リプリー

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2010年02月14日

[ジャンル]科学・生物 社会

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■被災者たちの体験、導き出される教訓

 本書の原題「The Unthinkable」は、訳者によると「想像もできないほどの惨事」という意味だが、著者は9・11テロやハリケーン・カトリーナなどに遭遇して生き残った人たちにインタビューし、彼らの体験から災害に遭遇した際、私たちは「否認、思考、決定的瞬間」の3段階の行動をすることを導き出した。
 否認の段階では、災害に遭遇した際、私たちの脳は正確に事態を把握することを拒否し、何もおきていないと思い込ませ、それが脱出行動の遅れにつながると警告する。9・11テロに遭遇した人々も我先に階段を下りることもなく、誰もが従順で、いつもよりゆっくりとした行動を取り、命を失ったという。
 著者は、ここで「レイク・ウォビゴン効果」という非常に興味深いことを教えてくれる。米国のユーモア作家が創作した架空の町にちなんだ心理学用語だが、人は、自分だけは危険な目にあわないと思い込んでいるという。この傲慢(ごうまん)な思い込みのおかげでリスクのある環境でも暮らすことができる半面、退避行動の立ち遅れを招くのだ。
 思考の段階では、突然の恐怖に襲われると自分の周りがまるでスローモーションのように見え、その際、私たちは過去の経験や訓練、集団内での位置づけなどで思考が変化し、それが生死を分けると分析する。著者は、災害社会学者リー・クラークの「人々は生きているときと同じように死んでいく」という言葉を引用する。この言葉通り、スマトラ沖地震による津波の際、過去の津波の教訓を日常的に伝承してきたシムルエ島ランギの住人は、震源に近かったにもかかわらず全員が助かった。これは災害の際、どのように行動すべきか集団で思考した結果なのだ。
 決定的瞬間の段階では、災害時に行動はまひを起こし、一時停止してしまうが、その後の脱出行動や救助行動に進むには日頃の訓練が必要と説く。世界貿易センターのモルガン・スタンレー社の警備主任レスコラの事例は感動的だ。彼は、1993年の世界貿易センタービル爆破事件に遭遇し、次のテロが必ず発生すると考え、社員に退避訓練を8年間も強制した。彼の予想通り9・11テロが発生したが、同社の社員たちは、まるでレスコラに魔法でもかけられたかのように、訓練通りの退避行動をとり、ほぼ全員が救助された。しかしレスコラは、取り残された数人の社員を助けるために勇敢にもビル内に戻り、帰らぬ人となった。
 本書の魅力は、何といっても被災者たちの体験が臨場感たっぷりに描かれていることだ。それらはとても紹介しきれないほどの教訓に満ちており、実際、私は、ホテルに宿泊する際、必ず非常口を確認するようになったほどだ。また本書は、企業不祥事や経営環境の急激な変化への対処法も教えてくれる。日頃、さまざまな経営リスクに直面しているビジネスマンに、本書をぜひ読んでもらいたい。少しは落ち着いて行動できるようになるだろう。
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 岡真知子訳、光文社・2310円/Amanda Ripley 米国・タイム誌のシニアライター。ハリケーン「カトリーナ」「リタ」に関する著者の報道で、タイム誌は全米雑誌賞を二つ受賞。現在、国土安全保障とリスクに関する記事を執筆中。

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