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自転車ぎこぎこ [著]伊藤礼

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年01月31日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■走ってつづる70代の悠揚たる日常

 「おもしろいことの大家」イトウ先生御年七十六歳、ますます快調です。
 古稀(こき)直前に昂(こう)じたのが自転車熱。エッセイ『こぐこぐ自転車』につづく第二弾『自転車ぎこぎこ』には、八年ぶんのめでたい成果がたくさん。最初は五キロ走るのも苦痛だったのに、夢中で乗るうち五十キロも走れるように!
 ダホン社製二十インチ、八・六キロの軽さ。愛車にまたがって、近所も甲州も三浦半島も出雲もスイスイ。百円地図を片手に道なき道にでたら臨機応変、ひょいと抱えて歩いて進む。
 読むうち、アタマにすーっと爽快(そうかい)な風が通ってくる。「常識」ともさようなら。自転車は近場の移動手段におさまる道具ではなかった。折りたたんで自転車袋にしまいさえすれば、その瞬間に手荷物あつかい。鉄道、飛行機、船、らくらく携帯して持ち運び、着いた先で組み立ててスイッと走りだす。しかも帰りは自転車袋をクロネコに宅配してもらい、手ぶら!
 徒歩とママチャリ専門のわたしにとっては、驚愕(きょうがく)と羨望(せんぼう)のかずかず。人生にはこんな愉(たの)しみもあったのだ。筆致はこざっぱりとして恬淡(てんたん)、諧謔(かいぎゃく)風刺の妙味あり。
 「自転車で転んで鎖骨ががたがたに折れたときも自転車で病院に行った」
 まさに人馬一体、「世に愉(たの)しさの種は尽きまじ」を地でゆく七十代の悠揚たる日常。自分の時間を好きなことだけに費やす、これぞ老年の特権なのだ。若いもんには願っても叶(かな)わぬ贅沢(ぜいたく)である。うらやましいぞ。
 晴れやかな朝、同年輩の自転車仲間にいそいそ電話する。
 「今日はどこかに行こうよ」
 「いいよ。どこでも行くよ」
 折りたたみ自転車を担いで、駅で待ち合わせ。早春に走った遠州三河、四人旅の最年少は六十二歳。自転車は、おじいさんをあっぱれな人々に変える。
 二輪で立って、走って、停(と)まれば転ぶ。自転車は明快にして神秘的。おまけに先生、鍵をかけても愛車が盗まれやしないかとびくびく。心臓を鍛えるにもちょうどいいみたいです。
    *
 平凡社・1680円/いとう・れい 33年生まれ。翻訳家、エッセイスト。『こぐこぐ自転車』など。

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