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脱帝国のフェミニズムを求めて―朝鮮女性と植民地主義 [著]宋連玉

[評者]南塚信吾(法政大学教授)

[掲載]2010年01月31日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像


■矛盾を内包した植民地期の運動

 欧米や日本など「第一世界」において展開されたフェミニズム論は、「第三世界」には当てはまらないと筆者はいう。「帝国」日本の植民地であった朝鮮半島において始まった女性解放の動きは、多様な展開を見せていたが、しかし、それは深刻な矛盾を内包するものであった。
 本書は、植民地期の女性解放運動を担った女性を10人近く登場させて、彼女らの生きざまをフェミニズムという観点から検討する。特に注目されているのが、近代教育を受けた「新女性」たちである。
 たとえば、羅ケイ錫(ナヘソク)は日本でも学んで両性の平等を叫び、自由奔放な行動によって家父長制と真っ向から戦ったフェミニストとして高い評価を受けているが、結局は植民地支配を進める側の人びとに救援を求めたのだった。あるいは、黄信徳(ファンシンドク)は、日本の山川菊栄らとの交流によって社会主義思想を学んで、女性の権利拡大を目指していくが、社会主義を女性に啓蒙(けいもう)するための教育の必要を意識するが故に、植民地主義がもたらす教育の近代化に期待をかけ、ついには日本の植民地支配を受け入れることになった。
 性差別からの解放を重視するだけでは、ナショナリズムを等閑視し、日本帝国の支配を認めてしまう。逆に、植民地主義への抵抗としてのナショナリズムを重視すれば、良妻賢母主義に陥ってしまうというのだ。
 戦後も、韓国のフェミニズムは、植民地期のフェミニズムの遺産を負っている。帝国日本をモデルにした韓国という国民国家は、ジェンダー規範においても植民地期の良妻賢母主義を踏襲した。韓国でフェミニズム論が本格化するのは、1980年代になってからである。一方、北朝鮮では、同じモデルを踏襲して、「社会主義的良妻賢母主義」が導入されているという。
 「脱帝国」のフェミニズムをどこに求めるのか、本書で明示されてはいない。そこに事態の深刻さ、著者の苦悩がある。結局は、日本と朝鮮半島の社会の民主化と結びついたフェミニズムしかないというのであろうか。
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 有志舎・2520円/ソン・ヨノク 47年大阪生まれ。青山学院大学経営学部教授。共著に『歴史と責任』など。

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