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防衛の務め―自衛隊の精神的拠点 [著]槇智雄

[評者]高村薫(作家)

[掲載]2010年01月24日

[ジャンル]政治

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■軍隊色をうすめ、国防を語る困難
 国防とは何か。この問いは、私たち日本人にとって諸外国のようには自明でない。また、私たちは独立国にとっての国防意識を自明と捉(とら)える習慣をもたず、諸外国のようにこれを愛国心や名誉と一つにして語ることもない。このことは、先の敗戦が一つの国家にもたらした影響の大きさと特異さをよく物語っているが、さてそうであるなら、戦後日本の国防意識は自衛隊発足以来、どのように育まれてきたのだろうか。
 本書は、1953年に開校した保安大学校(54年防衛大学校に改称)の初代校長を務めた著者が、12年間の在任中に行った講話と随筆を集めたもので、初版は冷戦下の65年である。従って、教育とはいえ西側陣営の防衛を担う緊張感に満ちているが、今日の一般読者が本書に読み取るのは、第一に、民主主義下であっても国防という限りは欠かせないだろう愛国心が、なにかしらつねに遠回しに釈明されなければならない特異さであり、国防を担う若者たちの士気発揚さえ、なにかしら抑制されなければならない切なさである。発足当初から続く自衛隊の存在の困難さに、改めて気づかされる所以(ゆえん)である。
 著者槇智雄は、ヨーロッパの政治哲学を専門とする学者であり、旧軍色を極力排したい吉田茂の政治的意思によって、防衛大学校の校長に招聘(しょうへい)された。しかし自衛隊は軍隊であり、防衛大学校は将来の幹部自衛官を育成するための士官学校である。そこで、未来の士官たちに向けて、槇は欧米の由緒ある士官学校の理念を引いて万国共通のノーブレス・オブリージュを語り、パスカルを引いて正義ある力を語り、民主主義下の国防の意義とその名誉を語るのである。それは正しく軍人精神を説くものであり、士官教育である以上、それ以外にないのだが、一方ではそれゆえに旧陸海軍の士官教育との境があいまいになってゆき、高度経済成長へ向かう国民意識との落差も大きくなってゆくのである。
 ちなみに防衛大学校は士官学校であると同時に、理工系中心の普通大学でもある。足して二で割るのではなく、二のままであることからして、世界に例を見ない学府と言えるが、これも高い教養と専門知識を身につけた自衛官の理想像を求めたというより、軍隊色を薄めるための政治的配慮だったに違いない。今日の自衛隊は装備の著しい進歩とともにあり、防衛大学校もより現実的に運営されていると聞くが、では、愛国心に支えられるべき防衛意識の問題のほうは解決されたのだろうか。
 本書を読む限り、槇は対独防衛の必要を説いて第2次大戦を勝利に導いたチャーチルの偉業を繰り返し取り上げる一方、旧帝国陸海軍の過ちに直(じか)に触れることはなかったようである。戦後の出発点において、民主主義の理念を高く語りつつ、肝心の歴史認識をあいまいにせざるを得なかったところに、日本の国防の困難と矛盾の原点がある、と読んだ。2009年に版元を変えて新たに出版された本書の意義は、ここにある。
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 中央公論新社・2100円/まき・ともお 1891〜1968年。慶応大法学部教授をへて、保安大学校(後の防衛大学校)創設にともない初代校長に。65年に退職して白梅短大学長に就任。他の著書に『米・英・仏士官学校歴訪の旅』など。

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