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地球の洞察―多文化時代の環境哲学 [著]J・ベアード・キャリコット/環境思想とは何か [著]松野弘

[評者]広井良典(千葉大学教授)

[掲載]2010年01月24日

[ジャンル]科学・生物 社会 新書

表紙画像

■実践へ向けた議論に多くの示唆

 読書というものがもたらす歓(よろこ)びの一つが、時空を超えた“旅”ともいうべき充足の経験だとしたら、『地球の洞察』はまさにそれに該当するものだった。
 環境問題が新たな局面を迎えつつある今、その土台となるような哲学や思想が再び問われている。この場合、それぞれの地域における環境保全に向けた行動は、その場所の「伝統的な世界観が秘めている環境倫理によって支えられ、命を吹き込まれ」てこそ実効性をもつ。
 そうした実践の離陸点を提供するために、著者が行うのが「比較環境倫理」の試みであり、本書の中心をなすのは文字通り地球上の各地域の環境倫理をめぐる壮大な“旅”だ。その中には「老荘と生命地域主義」「華厳仏教と宇宙の生態学」といった個別の興味深い話題が含まれるほか、従来ありがちだった“北半球中心主義”の枠を超えて、南米の心の生態学、アフリカの生物共同体主義等のテーマが丹念に吟味される。オーストラリア原住民の「ドリーム・タイム」(はるか昔に存在したものでありながら、同時に現在の傍らに存在する時間)やそこでの死生観に関する記述も印象的だ。
 そして著者は、各地域の環境倫理の多様性(「複数の環境倫理」)を強調する一方、文化の多様性と生物の多様性は密接に結びついているとし、それらは近代科学を超える性格をもった、生態学を軸とする新たな科学とともに相互につながるとする。
 著者キャリコットについて私は(レオポルドの)「土地倫理」を広く展開した人物という程度の認識しか持っていなかったが、本書はそうしたイメージを超える豊穣(ほうじょう)な内容を含んでいた。原著公刊は1994年で既にある種の“古典”とも言え、個々には様々な批判がありうるが、環境問題への日本の立ち位置を含め、多くの示唆を与えてくれる。
 他方、『環境思想とは何か』は、自然保護論に偏りがちなアメリカ的環境倫理言説を超えて、「緑の国家」論など経済社会システムのありようへとつなげる内容で、この種のアプローチこそ日本の環境論議にいま強く求められている。
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 山内友三郎ほか監訳、みすず書房・6930円/J. Baird Callicott▽ちくま新書・903円/まつの・ひろし

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