書評・最新書評

ゼロから考える経済学―未来のために考えておきたいこと [著]リーアン・アイスラー

[評者]広井良典(千葉大学教授)

[掲載]2010年01月10日

[ジャンル]経済 社会

表紙画像


■「ケア経済」中心の社会の枠組み

 本書は、「思いやりの経済学(ケアリング・エコノミクス)」という新たな枠組みを提案し、それを通じて「真の富」が実現されるような社会のありようを構想するものである。
 現在の主流的な経済学が、もっぱら自己の利益の最大化を追求するような「経済人」を前提としていることの問題性については、これまでも様々に論じられてきた。本書はそうした議論をさらに一歩進め、「思いやり(ケアリング)」ないし「世話をすること」をむしろ中心にすえた経済社会の可能性を提起する。
 著者によれば、従来型の経済分析では家庭経済、無報酬の地域経済そして自然経済が十分に位置づけられておらず、そのことが経済モデルと現実との乖離(かいり)を生んでいる。そして経済システムを変えるためには、その背景にある「関係」の心理学的・社会的なダイナミクスに目を向ける必要があるとして、その基本型を「支配」のシステムと「パートナーシップ」のシステムに区分し、後者を基本にすえた経済社会の姿を吟味していく。
 たとえばフィンランドの例にそくしてパートナーシップ教育の重要性が論じられるが、著者が強調するのはそうした思いやりに関連する領域(福祉、教育など)への投資は、費用対効果の観点から見ても優れており、「経済」にとってもプラスに働くという点だ。また、現在の先進諸国では技術革新によって職の二極分化や「余剰」人口が生じているが、思いやり経済への投資や移行はそうした問題の解決にも寄与するとする。
 さらに“国内総生産(GDP)よりも女性の地位(あるいは男女の関係の性質)のほうが、その国の全体的な生活の質と強い相関関係にある”といったデータに言及しながら、ジェンダーの視点を重視するとともに、最近の脳科学の成果や進化生物学的な視点とも関連づけて新たなケア経済の可能性が展開される。
 著者が示す個々の論点自体には既視感も伴うが、それらを思いやりの経済という理念とともに総合し、新たなビジョンを提起する試みはきわめて貴重なものと言えるだろう。
     *
 中小路佳代子訳、英治出版・2310円/Riane Eisler 社会科学者。著書に『聖杯と剣』など。

関連記事

ページトップへ戻る