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うちのご飯の60年―祖母・母・娘の食卓 [著]阿古真理

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年01月10日

[ジャンル]社会

表紙画像


■「母の味」の変遷で描く日本の変化

 ことし創刊六十周年を迎えた雑誌「芸術新潮」の特集は「わたしが選ぶ日本遺産」だ。わたしが選んだのは「伊勢神宮」「水田」「居酒屋」の三つ。正月にページをめくりながら、ふと思った。ひとつだけと問われていたら、なにを選んだろう。
 「母の味」
 時代も年齢も性別も超えて、すべてのひとにとって永遠の遺産になりうるもの。歴史や文化、気候風土を凝縮した日本人のこころの系譜が、「母の味」にはこめられているのではないか。
 『うちのご飯の60年』は、四十一歳の著者が祖母・母・娘の三代にわたる食卓の変遷を描きだす試みである。
 取材の綿密さ、客観性が光る。「じぶんの母から聞きとる」。つまり内側にいながら外に立って検証し、距離を保って書く。存外むずかしい作業である。
 祖母は明治三十六年生まれ。広島の農村で自給自足の暮らしを営み、かまどに火を熾(おこ)してごはんを炊いた。母は昭和十四年生まれ。田植えや山菜採り、祖母がこしらえた保存食で食卓を繰り回す生活を経験したのち、高度経済成長期に阪神の都会へ出て家庭を築く。土間の台所や箱膳(はこぜん)と入れかわりに分譲マンション、ホットプレート、ハンバーグやコロッケ。そして一家は阪神大震災に見舞われる。あらたに家庭を持って東京に住む娘、つまり著者の食卓は、仕事と家事に翻弄(ほんろう)されて右往左往——。
 縦糸は「典型的な戦後の家族」の食卓。横糸は日本の社会の変化。織り目にはさまざまな家庭の記憶が重なる。わたしの家の台所がシステムキッチンに変わり、母がスコッチエッグやシチューをつくったのは東京オリンピックの年だった。
 ささやかな個人こそ歴史の当事者なのだ。誰にも先が見えづらい今だからこそ、三代の食卓の流れを掘り起こし、歴史に血を通わせて現在を確かめる文章にリアリティーがある。
 「いただきます」「ごちそうさま」。食卓のあいさつは、日本の遺産への感謝でもある。脈々と引き継がれてきた日本の味、そのうち六十年の味をこまやかにすくい上げた一冊である。
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 筑摩書房・1785円/あこ・まり 68年生まれ。ノンフィクションライター。『ルポ「まる子世代」』など。

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