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オリーヴ・キタリッジの生活 [著]エリザベス・ストラウト

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2011年03月27日

[ジャンル]文芸

表紙画像


■ふつうの人々 後半、神業の「化け」

 久々にアメリカらしい直球勝負の連作短編集の登場だ。去年の翻訳書のダークホースNo.1。刊行から5カ月、ぐいぐいと評判をあげ読者を広げている。
 舞台は米国北東部メイン州の町。多少の観光客は来るが冴(さ)えない海辺の土地で、住人たちも余りにふつう。薬局を営むヘンリー・キタリッジと、その妻で数学教師のオリーヴ。息子、店の手伝いの女性、そりのあわない小金持ちの夫婦、独身のピアノ弾き、元大学教師……。温和で人好きがするヘンリーに引き換え、オリーヴは「象のよう」に大型の女で気性も激しい。タイトル・ロールのわりに、編によっては舞台の隅をすっと横切るだけのこともある。
 物語の設定や登場人物が奇異で面白いのは当たり前。しかしこんなに地味なセッティングのお話が途中からどうしてこうも「化ける」のか、ほとんど神業なのだ。ありきたりで穏やかな生活に潜む悪意、嫉妬、毒、絶望、そして折々に仄(ほの)めかされる自殺と殺人。それらはカモメの飛ぶ明るい海辺の背景幕に、露骨に書きこまれはしない。ただ、夫婦の食卓に真っ赤なケチャップがこぼれ、ナイフで切りだされた魚の内臓が光り、ブラジャーがなくなる。人々は他人の不幸を見て「栄養」を摂(と)る。
 平凡な人々の奥にあるグロテスクさを抉(えぐ)りだす連作集という点では、アンダースンの古典名作『ワインズバーグ・オハイオ』の直系であり、ジョイスの『ダブリン市民』をも彷彿(ほうふつ)とさせる異様さをもつ。
 キタリッジ夫婦は強盗の人質にとられ命の危機に瀕(ひん)しながらも、昔話を蒸し返して喧嘩(けんか)をする。可笑(おか)しい。可笑しいけれども、笑えない余波がやってくる。人質事件とは別に。
 ここの生活はどこまでもバナール(陳腐)で、ダンキンドーナツを愛するオリーヴはいたって散文的だ。ところが、その散文的な女のふるまいが、ときおり「詩」として機能する。30代から70代まで老いていく彼女の物語を読むことは、人としてある意味苦行であり、小説読者としては限りない悦(よろこ)びでもある。小説家志望者にもお薦め!
 評・鴻巣友季子(翻訳家)
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 小川高義訳、早川書房・2310円/Elizabeth Strout 56年生まれ。米国の作家。本作でピュリツァー賞。

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