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パリが愛した娼婦 [著]鹿島茂

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2011年03月06日

[ジャンル]歴史 国際

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■19世紀、都会の夜闇に時間旅行

 「高級」娼婦(しょうふ)ってなんだ? つい先日も、新国立劇場でヴェルディのオペラ「椿姫」を観(み)ながらそう思ったのだった。この名作オペラのヒロインは高級娼婦ヴィオレッタ。原作者デュマの恋愛体験が下敷きになっている。そもそも娼婦はフランス文学との関係も濃厚だ。バルザック、モーパッサン、プルースト。ゾラ「居酒屋」は娼婦ナナの浮き沈み人生を描く一大長編だ。娼館に通いつめて熱心に娼婦を描いたのは画家ロートレック。どうやら娼婦という存在は、パリおよびフランス社会を読み解く重要な鍵のようなのだ。
 かねがね抱いていた関心に応えてくれるのは、われらが鹿島教授。壮大な書物渉猟の成果を惜しげなく注ぎこみ、娼婦を手だてに十九世紀のパリの夜闇を浮上させる本など、ほかのだれが読ませてくれるだろう。
 『パリ、娼婦の館』の続編にあたる。前著ではメゾン・クローズと呼ばれて十九世紀後半から第二次大戦まで栄えた娼館の歴史を紐解(ひもと)いた。今回は一歩踏みこんで、高級娼婦(男の蕩尽(とうじん)と破滅願望を見抜ける者だけが「高級」への階段を上がる!)の内実、ヒモや女衒(ぜげん)との関係、私娼が街に跋扈(ばっこ)する過程……文献資料を駆使した記述は、あくまで実証的。古今東西のエロス本に通じる著者ならではの手さばきである。
 パリと娼婦の関係を描きながら、社会と売春の関係へ目配りをきかす。鹿島教授はずばり指摘する。「売春それ自体が極度に資本主義化されていたのだ」。そもそも売春は商行為なのだから、娼婦は金銭のサイクルに複雑巧妙に組みこまれてゆく。金と愛の下克上をもっとも過激なかたちで生きたのが、「高級」娼婦と相手の富裕層の男たちだったのである。それらの社会現象をすっぽりまる呑(の)みした街、パリ。けだし怪物ではないか。
 わたしの知人に、番地が書かれた紙片を頼りにアパルトマンを訪ねると身元照会のうえ三重構造の扉の奥に招き入れられ、パリの秘密を覗(のぞ)いた幸運な男がいる。本書もまた鹿島教授プレゼンツ、パリの時間旅行へ誘う一本の鍵。おともは娼婦です。
 評・平松洋子(エッセイスト)
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 角川学芸出版・2940円/かしま・しげる 49年生まれ。『馬車が買いたい!』『パリの日本人』など。

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