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ポリティコン<上・下> [著]桐野夏生

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2011年03月06日

[ジャンル]文芸 社会

表紙画像

■ヒッピー型ユートピア、残酷な筆

 桐野夏生のすごさは、古典的なスタイルを取り入れながら現代と密に切り結んで、既存のジャンルを「えいやっ」と投げ飛ばしてしまうことだ。『東京島』ではロビンソン・クルーソーに始まる「孤島漂着もの」というジャンルを背負い投げ。『女神記』では「神話文学」を、『ナニカアル』では「評伝小説」の足をみごとに払った。
 『ポリティコン』が取り入れたのは、昨今ちょっとしたブームの反ユートピア小説だ。アリストテレスは人間を「ゾーオン・ポリティコン(社会的動物)」と呼び、ポリス(都市国家)の活動に参加する者をシチズン(市民)とした。本書の舞台「唯腕(いわん)村」も正式に入村するには一定の条件を満たし、村に奉仕する必要がある。しかし農業共同体を基盤としたこの寒村は途中から、ギリシャ(語)起源のユートピアとは反対の方向に変容した。そう、ヒッピー・コミューンが花開き、アートや演劇を最重要視する開放的な理想郷となったのだ。トマス・モア型理想郷の未来はディストピア文学で散々書かれてきたが、こうしたヒッピー型理想郷の行く末を徹底して追った小説はあったろうか。
 作者はそこに、現代の過疎化・高齢化問題を容赦なく継ぎあわせる。自由と博愛を謳歌(おうか)したコミューンも寄る年波には勝てず、密(ひそ)かに醜い内部抗争が起き、農畜の手を補うため、養育遺棄児やホームレス、嫁ぎ先から逃げてきたアジア人妻らを入村させる。ここに脱北者とその支援組織が絡む。村が養える人数は決まっており、年寄りは足手まとい。無償の愛を旨とする村に、いつしか姥(うば)捨てのような発想が生まれる。そして権力を暴走させるのは常に性と金への欲望だ。入村した美少女に向ける若い理事長の凶暴なまでの愛情。いんちきすれすれの有機農法や観光事業。それに群がる商売人たち。理事長の財産の私物化。ミニチュアの独裁国家はいまにも転覆しそうになりながら、成功の階段を昇(のぼ)っていく。
 今回も桐野夏生の筆は残酷で、どこまでも俗を描きながら超然としている。なんとも恐ろしい書き手である。
 評・鴻巣友季子(翻訳家)
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 文芸春秋・各1650円/きりの・なつお 51年生まれ。『グロテスク』で泉鏡花文学賞、『東京島』で谷崎賞。

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