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日露戦争と日本在外公館の“外国新聞操縦” [著]松村正義

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年02月27日

[ジャンル]歴史 国際

表紙画像

■対外宣伝活動、鋭敏な時代感覚

 外国新聞操縦という耳慣れない語は、明治時代の外務省で用いられた「対外宣伝活動に関する用語」なのだという。この用語を軸にして、日露戦争下で日本の外務省は世界各国にある在外公館にどのような世論工作を命じたか、それを受けて各国の大使や公使などは自らの活動を本省にどう報告したのか。それを残された史料をもとに分析したのが本書である。
 著者は日露戦争研究の第一人者だが、膨大な史料を読みこなしてまとめられただけにその訴求点は深く、そして幅広く目配りされている。読後の感想は、二つの発見と三つの驚きに尽きる。二つの発見とは当時の人材の層の厚さとその時代感覚の鋭敏さである。小村寿太郎外相を発信源に、イギリスの林董や知英派の末松謙澄、フランスの本野一郎、アメリカの高平小五郎、派遣特使の金子堅太郎などの人材が、日本がいかにロシアとの和平を望んでいたか、しかしロシアの横暴さが軍事行動の発動につながったとの見解を積極的に各国世論に訴えていく。各人の動きには困難をはね返す強い使命感がある。オーストリア・ハンガリー帝国駐在の公使牧野伸顕などは黄禍論の拡大を懸念、それを抑えるためにハンガリーの学者に反黄禍論をドイツ語で執筆させて書にして各界に配布している。このような時代感覚が日本に対する好イメージにつながったのだ。
 三つの驚きとは、親日的世論を醸成させるために新聞社への支援、買収を厭(いと)わなかったこと(オーストリア公使館では1600万円を使用)、旅順陥落など戦況の推移につれ各国世論も微妙に変化したこと(親露国フランスの新聞論調が好例)、小国日本の大国ロシアへの挑戦が各国の人々に好意的に見られていたこと(スペインでは義勇兵志願や食料品援助の申し出)があげられる。日露戦争下の広報外交は大局において成功したが、この成功体験の表面だけを見て、傲岸不遜(ごうがんふそん)で謀略重視、「領土拡大への侵略戦争」を目指した次の時代は先達の謙虚さも鋭敏さも失ったとの見方には納得させられる。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 成文社・3990円/まつむら・まさよし 28年生まれ。元外務省職員。日露戦争研究会会長。

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