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評伝オーロビンド [著]ピーター・ヒース

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年02月27日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■近代の突破、普遍宗教に求める

 20世紀初頭、インドの独立運動は大きな転機を迎えた。イギリスとの対話を重視した知識人に対し、即時の完全独立を要求する急進的なグループが現れた。彼らは大衆運動を重視し、時に過激な武装闘争を展開した。
 この運動を牽引(けんいん)した代表的指導者がオーロビンドである。彼の知名度は日本では低いが、インドではガンディーやネルーと並ぶ英雄だ。ノーベル賞候補にも挙げられたことがある。
 オーロビンドは政治闘争に加わると同時に、ヨーガの実践にも力を入れた。彼はヒンドゥー教の「ダルマ」(法・真理)の普遍性を強調し、その理念を生活の中で実践すべきことを説いた。
 オーロビンドにとって、政治と宗教は分離不可能なものだった。政治は常に真理によって導かれ、政治的実践は宗教的実践の一部と捉えられた。
 真理はすべてを包括する存在だ。政治だけがその範囲外におかれることはありえない。彼にとってダルマは、あらゆる人間の営みに関与する存在だった。
 オーロビンドは単なるインドの政治的独立を志向した訳(わけ)ではなかった。彼は近代社会のあり方を根本的に変容させる「インド独自の道」を模索した。それは真理に導かれる「神的生活の実現」だった。彼の構想は、必然的に国民国家システムの超克へと向かう。彼は普遍宗教に基礎付けられた世界連邦を構想し、その実践原理をヨーガに求めた。
 オーロビンドは1910年以降、政治闘争の第一線から退き、インド独立後のあり方を構想した。彼が力を入れたのは、具体的な神的コミュニティーの構築だった。彼は多様性を尊重しつつ、一つの真理を追究するコミューンを作り、「神の普遍的ヴィジョン」を顕在化させようとした。この宗教哲学は、同時代の大川周明などに大きな影響を与えた。
 政教分離を自明視する現代日本人にとって、オーロビンドの構想は常軌を逸しているように見えるだろう。しかし、そこには近代の行き詰まりを突破しようとする普遍宗教への問いが存在する。現代世界の構造を見つめなおすためにも、オーロビンドと向き合う必要がある。
 評・中島岳志(北海道大学准教授・アジア政治)
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 柄谷凜(りん)訳、インスクリプト・3150円/Peter Heehs 米出身でインド在住の歴史学者、詩人。

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